1997.7.11
「住友」の事業において、従業員というものがどのように位置付けられていたのか、住友家、経営者との関係はどういうものであったか、いわば住友のコーポレートガバナンスはどうであったかということについて考えます。
一言でいえば、住友家、経営者、従業員の三者は、「家(イエ)」的な運命共同体意識で結ばれていたことが大きな特徴であったように思います。それが同じく住友の特徴でもあった「均等主義」や「平等主義」に結びついているようであります。善し悪しはともかく、このような運命共同体的な「家」的結束が住友の強みとなり、明治維新の直後と第二次大戦敗戦後という過去二回の大きな歴史上の変革期(構造転換期)を乗り切ってきました。
株主、経営者、従業員などのステークホルダーズ同士の利害がうまく調整されて、事業の運営がなされてきたのです。「家(イエ)」的関係といえばとても封建的ですが、ステークホルダーズ間の共同体的関係といえば、優れて今日的です。
橋本内閣のかかげる「六つの改革」は、わが国にとって、明治維新、第二次世界大戦での敗戦に続く三つ目の大変革であるといわれています。過去の二回の大変化を住友が如何に乗り越えてきたのか、コーポレートガバナンス(企業統治)の観点から、参考になるところを抜き出してみました。
1 住友の運命共同体的性格
1) 明治以前の封建的「家」制度
住友の伝統を知る上で一番大切な資料は住友家の家法ですが、この家法を読むと、明治時代に制定された部分であっても、江戸時代からの封建的性格を根強く残していたことがわかります。
まず雇用関係ですが、これは雇用期間中のみならず、退職してから以後も続く終身的な関係となっています。退職者は「末家」と位置づけられ、本家から家督金を付与されました(末家制度)。実際の運用面では、この家督金は住友家に預けられ末家には毎年利子が与えられたので、従業員に対する終身年金とも見なすこともできます。
さらに、この「家」的な雇用関係は、終身関係という時間的な広がりに加え主家、従業員の家族にまで及ぶことで、平面的にも広がりを見せていました。明治25年に制定された「出付婦人内規」によれば、雇人(従業員)、末家(退職OB)の配偶者も本家の奥様と一種の主従関係を結ぶことが規定されています。家族ぐるみの雇用関係であります。(商社の海外派遣員の家族同士で、いまだにこれに近い家的関係が散見されることもありますが、時代の最先端を行く商社の海外駐在員家族同士の付き合いのなかに「家」制度の片鱗が残っていることは興味深いことです)
こうした「家」的な人間関係は、一方で良い面もあり、従業員に対する福祉にもつながっています。この傾向は住友では特に強かったようです。ほかの商家では手代が病気になったらお払い箱とされたようですが、住友では決してそのようなことはせず、家法にも「手代が病気になったときには、よく看病すること、病人を粗相に扱うことは主人に不忠を働いたものと見なす」とわざわざ明記されていたことは注目されます。(総手代勤方心得)
一方で、能力主義もありました。「子飼であっても無能なものには重い役を与えない」との規定も見えます(総手代勤方心得)。この能力主義は、一見、封建制度とは相容れないようですが、日本の封建制度のひとつの特徴でもありました。すなわち「お家」の危機にあたっては、人事は縁故・血統よりも能力を重視し、能力のあるものに経営をまかせることで「お家」の存続を図るという考え方であります。(日本の封建制度のもとでは、養子縁組みが頻繁に行われましたが、それは能力重視とも考えられます。諸外国では養子による家督相続は珍しいとのことです)
また本店及び別子銅山の雇員、雇い人に罰金法を制定したことも注目されます(明治6年)。借金を返済しない者などは、住友家が自ら裁きうるとしたものです。日本という国家のなかに住友という「ミニ国家」を作っているともいえ、これも日本的な「家」制度の特徴と言えます。
注目したいのは、従業員のランクによる給与格差の小ささです。別子銅山においては、ホワイトカラーは、手代と呼ばれ、手代の下に子供、小者、下男と呼ばれる雇い人がありました。明治2年の給与表を見ると、手代の最高位の老分の月給が30両、一番下の子供、下男が2両となっています。最高位と最低位の格差倍率はちょうど15倍でした(須賀俊夫『住友の経営史的研究』)。これは欧米などの社会と比べると非常に小さい格差であると言えます。現在、当社の22歳大卒新人事務職の年収330万円であり、その15倍の相当金額は約5000万円となります。社長のお給料までは存じませんが、明治2年当時の給与構造とそれ程大きな違いはないのではないでしょうか。
2) 明治以降も根強く残った「家」的性格「均等主義」
この平等主義は長く続きます。歌人で住友マンであった川田順の『住友回想記』に次のような文章があります。
<社員の給与の決め方には三つの主義がある。功利主義、均等主義、折衷主義。三井物産は功利主義の雄なるもの。住友は均等主義の代表的なものであった。勤務せる店部の別によって給与が違うことも、まずなかったといっていい。また、儲けた店部でも損した店部でも、おしならして賞与を出した。要するに、住友人は、各自の勤務せる会社のいかんに関わらず、居住せる土地の都鄙に関わらず、住友のために同じように苦労しているのだから、同じように報酬すべきだ、という道徳的な観念が根強く一貫していた。>
川田順によると、当時の住友の理事の給料水準は、三井、三菱と比べると格段に安かったようで、当時の大阪税務署長から「さすが住友さん、川田(理事)さんの給料は三井の支店長より高いですな」といわれたが、その税務署長は川田順の「年収」を「月給」と勘違いしていた、という笑い話のような実話があったとのことです(『住友回想記』)。平等といっても水準の下の方に合わせる平等であったようです。
同じく住友に勤めていた源氏鶏太は、ユーモア・サラリーマン小説や名著といわれる同氏の『新サラリーマン読本』を書いていますが、これらの文章に当時の住友の「ほのぼのとした」企業文化がうかがえます。
2 時代の大変動と住友の対応
さてこのような伝統と企業文化を持つ住友が、過去の時代の大変革期にどのような対応をしてきたのかを見てみたいと思います。
1) 明治維新と住友
� 広瀬別子支配人改革
住友にとっての最大の経営危機は、明治維新の時に訪れました。開国に伴い、住友は欧米とのコスト競争にさらされ、そのために、組織、技術の近代化の必要性に迫られます。当時の総理事の広瀬宰平は、ドラスティックな改革を巨額の資金を使い、強力に推し進めました。
まず、御屋敷掛かりの廃止、買い物方、台所方の廃止、日記及び旧習の諸帳面の廃止、職人の食事給付を廃止し各自手弁当を持参させる等、江戸時代からの旧い慣習がどんどん廃止されました。
さらに、フランス人技師の採用、西洋機械の導入など、近代技術への投資が積極的に為されました。
合わせて、給与の減額(老分2割、支配1割半など)、不良資産の処分などのリストラ策も実施されたのです。
興味深いのは、当時の経営陣(広瀬宰平)は、銅山事業からの撤退を(住友家の利益を考えればこれが一番合理的だったらしいのですが)一切考慮の対象としなかったことであります。事業の継続は、本家(出資者)の利益より優先するものと信じられていたのです。
� 宗教と企業経営
しかしこのような近代化政策は、別子の伝統的な村共同体の生活様式の崩壊をもたらしました。
葛藤し模索・反抗する民衆が、新しい生活様式に移行することを助けるため、宗教家が積極的に活用されたといわれています。具体的には瑞応寺の住職などの禅僧による山民の教化政策です。経営に宗教的な色彩を導入するのは住友の伝統的なやり方といわれています。
� 広瀬宰平の引退
このように別子銅山の近代化とリストラに成功し、大きな功績を残した広瀬ですが、その引き際は決して立派なものではなかったといわれています。四方からの「広瀬降ろし」の圧力に屈したかたちで、折からの公害問題をはじめとする別子の危機を、そのまま甥の伊庭貞剛に託して住友を去ります。
広瀬追放の本当の原因はよくわかっていません。直接的には広瀬に対する内部告発(元理事が新聞発表した公開状など)がきっかけになっています。権力にあまりに長くとどまったためか、いろいろ公私混同が目立ったことは事実のようです。本当の理由はよくわかっていません。しかし、いったん明治維新の危機を脱して成長の軌道に乗った住友にとっては、広瀬のような真性の革新的企業者よりも調整タイプの経営者の方がより安全であったのだろうとの観測もあります。
伊庭貞剛は極端な精神主義を避けて、物心両面の調和を重視した人でした。彼は部下の書類に目を通さず判を押すことで有名でした。「信頼こそが人を育てる」が口癖の、きわめて日本的、住友伝統的な人物でありました。住友は再び伝統の調和主義に復帰することになります。
2) 第二次世界大戦が終わり
� 人材の離散を防ぐ精神「財閥解体にあたり五原則」
敗戦を迎え、住友は創立以来、数百年のうちで二度目の大きな転機を迎えることになります。財閥解体です。拡張しきった各方面の事業の収拾を図るとともに、人材の離散を防ぎ、それぞれに出来るかぎり仕事を与えること。そのために新しい事業を企画すること、これが大きな命題となりました。
具体的に方針が策定されますが、その方針の第一に「海外引揚者とその家族を援護すること」が挙げられました。次に、債権者に誠実に対処すること、住友の全事業を出来るだけ滅ぼさずに転換すること、将来、民族と国家の繁栄につながるように事業を運営することと続き、最後に「極力、累を住友家に及ばさないこと」が方針とされました。
ここでも従業員の職場確保が、本家(出資者)の利益に優先されていることがわかります。明治維新直後の広瀬宰平の考え方といい、戦後の処理方針といい、住友の経営理念は、明らかに「ステークホルダー理論」そのものであったと言えると思います。
� 商社の設立
その過程で、商社の設立が決断されました。遡ることは大正9年に、時の鈴木馬左也総理事が、人材と資金の不足を理由に、厳しく商事の禁止を申し渡したことは、まだ記憶に新しかったことでした。しかし当時、国土は焦土と化し、従業員の多数が生活の道を失おうとしているという未曾有の非常事態に直面し、住友は商事部門の開設を決断します(津田久『私の住友昭和史』)。
住友の従業員を重視するという伝統的な「家」的文化風土を考えますと、この決断は、家訓に違反するどころか、むしろ本当の意味での「住友」的決断であったと言えると思います。
3 営業の要旨二箇条をどう読むか
住友の「営業の要旨」のなかに、「従業員」についての記述がないことが指摘されることがあります。しかし、今まで述べてきたような住友の伝統を考えれば、次のような文章の解釈が可能であり、むしろそれが順当とあると思われます。
すなわち、第一条に「我が住友の営業は信用を重んじ確実を旨とし、以てその強固隆盛を期すべし」とあります。ここにある「その」とは、文章的には「住友」をさします。しかしその「住友」とは、決して「住友家」のみをさすものではなく、運命共同体である「家」としての住友、ステークホルダーズ全体をさすと考えるべきではないでしょうか。
現在の日本では、企業は誰のものか、企業のコーポレート・ガバナンスは如何にあるべきか、この問題について多くの議論がなされています。住友の経営理念は、まことに古くさく封建主義的な性格は濃厚に残してはいますが、企業のステーク・ホルダーは、資本家(住友家)であり、経営者(理事)であり、従業員(手代、雇人)である、三者の関係の三位一体であるとの原則を、繰り返し主張している点において、優れて今日的なものと考えます。株主の利益が全てとは決して考えられてきませんでした。同時に、従業員や経営者の利益だけを考え、株主の利益が無視されるということもありませんでした。この三者の力の均衡をうまくマネージするスキームが、それこそ住友の経営理念であると思います。
以上
1997年7月11日金曜日
1997年7月1日火曜日
コーポレートガバナンスと企業文化
コーポレートガバナンス(企業統治)に関する議論が盛り上がりを見せている。要するに企業は誰のものか、だれが企業をコントロールするのかという問題である。これがなかなかむつかしい。
日本には、企業の中長期的な利益や従業員との関係を、短期的な業績(配当)よりも重視する独特の企業統治の伝統がある。かつてはそれが日本企業の強みともいわれてきた。しかし経済のグローバル化が進行するなか、企業統治のスタイルも英米型へ変化させ、もっと株主が企業をコントロールしやすくせねばならないと主張されるようになった。
資金不足から一転し資金余剰の時代となり、伝統的な銀行システムの企業コントロールが、機能しなくなっていることも背景にある。
しかし一方、株主だけではなく、従業員、顧客、債権者などの多くの利害関係者(ステークホルダー)の意向を尊重するべきだとの考えもまだまだ根強い。経営のチェックのために企業の中核である中間管理職を経営に参加させることを考えるべきだとする意見すらある。
このように企業統治をめぐっては多くの考え方があり、なかなかコンセンサスは得られない。英米型がよいとか、ドイツ型はどうだという議論が多いが、なにせ多様化の時代である。一般論ではなかなか割り切れないのである。
日本では株主の利益が無視されているという。しかし日本株主総会は米国の総会より強い権限を持っていることはあまり知られていない。日本の取締役会は経営トップの意のままになっていると非難される。しかし日本の取締役会が社長を罷免した例も数多く挙げることができる。社外重役のメリットが強調される。しかし米国では社外重役システムが重役の法外な高給を生みだしたと批判されている。従業員の参加が制 度化され「進歩的」とされるドイツでは、逆にこの制度の評判はきわめて悪く、大多数の企業は従業員を経営に参加させる義務のない有限会社形態を選択する。
結局は隣の庭は常に美しく見えるということかも知れない。企業統治の構造はそれぞれの国で異なるものの、なかなか完全なシステムと言えるものはない。
重要な点は、企業統治とは本質的にはミクロ問題であり、個別の企業の伝統・文化に大きく左右されることである。
例えば、住友においては、出資者、経営者、従業員などのステークホルダー間の家(イエ)的な関係が、近代・現代に至るまで濃厚に残っており、これが明治の初期や第二次大戦後の危機を乗り切るうえで大きな役割を果たしたことが知られている。このような伝統は大切にすべきだろう。一方で、同じ日本でも全く英米的な企業統治スタイルが機能している会社もある。
企業の伝統、文化は多様であり、企業統治のやり方も多様であってよい。大切なことは、個々の企業が、借り物でない自前の企業統治のシステムを、常に工夫し、決意を持って機能させることだ。
(橋本 尚幸)
日本には、企業の中長期的な利益や従業員との関係を、短期的な業績(配当)よりも重視する独特の企業統治の伝統がある。かつてはそれが日本企業の強みともいわれてきた。しかし経済のグローバル化が進行するなか、企業統治のスタイルも英米型へ変化させ、もっと株主が企業をコントロールしやすくせねばならないと主張されるようになった。
資金不足から一転し資金余剰の時代となり、伝統的な銀行システムの企業コントロールが、機能しなくなっていることも背景にある。
しかし一方、株主だけではなく、従業員、顧客、債権者などの多くの利害関係者(ステークホルダー)の意向を尊重するべきだとの考えもまだまだ根強い。経営のチェックのために企業の中核である中間管理職を経営に参加させることを考えるべきだとする意見すらある。
このように企業統治をめぐっては多くの考え方があり、なかなかコンセンサスは得られない。英米型がよいとか、ドイツ型はどうだという議論が多いが、なにせ多様化の時代である。一般論ではなかなか割り切れないのである。
日本では株主の利益が無視されているという。しかし日本株主総会は米国の総会より強い権限を持っていることはあまり知られていない。日本の取締役会は経営トップの意のままになっていると非難される。しかし日本の取締役会が社長を罷免した例も数多く挙げることができる。社外重役のメリットが強調される。しかし米国では社外重役システムが重役の法外な高給を生みだしたと批判されている。従業員の参加が制 度化され「進歩的」とされるドイツでは、逆にこの制度の評判はきわめて悪く、大多数の企業は従業員を経営に参加させる義務のない有限会社形態を選択する。
結局は隣の庭は常に美しく見えるということかも知れない。企業統治の構造はそれぞれの国で異なるものの、なかなか完全なシステムと言えるものはない。
重要な点は、企業統治とは本質的にはミクロ問題であり、個別の企業の伝統・文化に大きく左右されることである。
例えば、住友においては、出資者、経営者、従業員などのステークホルダー間の家(イエ)的な関係が、近代・現代に至るまで濃厚に残っており、これが明治の初期や第二次大戦後の危機を乗り切るうえで大きな役割を果たしたことが知られている。このような伝統は大切にすべきだろう。一方で、同じ日本でも全く英米的な企業統治スタイルが機能している会社もある。
企業の伝統、文化は多様であり、企業統治のやり方も多様であってよい。大切なことは、個々の企業が、借り物でない自前の企業統治のシステムを、常に工夫し、決意を持って機能させることだ。
(橋本 尚幸)
1997年6月2日月曜日
フランス総選挙と「社会的欧州]
昨年の秋に来日したシラク大統領の経団連におけるスピーチは実に感動的であった。フランスは、過去から続いてきた悪い習慣から脱するべく経済改革の努力を続けている。短期的には確かに痛みを伴うが、国家の百年の計を考えればどうしても今やらなくてはならないと切々と訴えた。講演後、経団連の樋口副会長から「大統領の情熱はよくわかった。でもフランス国民をどうやって説得されるのか」との質問があり、シラク大統領からは「正しいことは正しいことであり、国民が解ってくれるまで説得を繰り返すしかない」との趣旨で回答があった。
しかしフランス国民は解ってはくれなかったようだ。選挙民はシラク大統領が進める市場原理の導入を中心とする急進的な経済改革路線に明確な「ノン」を表明したのである。
欧州では伝統的に経済のグローバル化に伴う痛みの処理の仕方が、米国や日本と異なる。米国ではグローバル化の影の部分(痛み)は、国内の実質賃金の低下という形で勤労者が負担する。失業率はそれほど上昇しない。企業収益は改善する。一方、日本では、グローバル化が進行しても、失業率、実質賃金ともに安定している。痛みは企業収益の低下というかたちで企業が一手に引き受ける。そのかわり景気はなかなかよくならない。欧州では実質賃金は低下しないのは日本と同じだが失業率が急上昇する。グローバル化の痛みは失業者と失業保険(財政)が負担することになる。
変革期には米国方式が優れたやり方だと信じられている。しかし日本とか欧州のような「社会的」市場経済においては勤労者に負担をかける米国方式では、これまでの競争力の源泉であった社会構造そのものを壊してしまう危険性がある。少なくとも痛みを吸収するだけの拡大的な経済政策が必要となる。
今回のシラクの敗北は、決してワシントンポスト紙が書くようにフランス国民の「蒙昧さ」のせいではない。過去の選挙においてフランスの選挙民は驚くほど一貫して「雇用」と「成長」を支持してきた。シラクが負けたのは、むしろこのフランス国民の一貫性を軽視した英米型経済政策への反発のせいだ。
フランスばかりでなく欧州においては社会民主主義政党の政権奪取が続いている。経済グローバル化の光の部分のみならず、影の部分との対比が議論の焦点になりつつある。
そもそも、欧州の通貨統合を成功させるためには、通貨を強く維持しなければならない、そのためには緊縮財政が避けがたい、苦しいけれども我慢しようとの議論は、昭和の初期の日本で金本位制への復帰をめぐり展開された議論とよく似ている。時の大蔵大臣、井上準之助は、異常な使命感と情熱を持って、実勢レートを上回る旧平価での金本位制への復帰を主張し、円高誘導のためのデフレ政策の必要性を全国で説いてまわった。演説を聴いて感動したひとりのお婆さんが井上に向かってお賽銭を投げたとの話も残っている。しかし井上緊縮財政の結果は日本経済を未曾有の大不況に陥れるだけの結果となった。
シラク大統領が井上準之助だとは言わない。しかし文化風土や伝統を軽視した教条主義的な政策はなかなか成功しないのである。
(橋本 尚幸)
しかしフランス国民は解ってはくれなかったようだ。選挙民はシラク大統領が進める市場原理の導入を中心とする急進的な経済改革路線に明確な「ノン」を表明したのである。
欧州では伝統的に経済のグローバル化に伴う痛みの処理の仕方が、米国や日本と異なる。米国ではグローバル化の影の部分(痛み)は、国内の実質賃金の低下という形で勤労者が負担する。失業率はそれほど上昇しない。企業収益は改善する。一方、日本では、グローバル化が進行しても、失業率、実質賃金ともに安定している。痛みは企業収益の低下というかたちで企業が一手に引き受ける。そのかわり景気はなかなかよくならない。欧州では実質賃金は低下しないのは日本と同じだが失業率が急上昇する。グローバル化の痛みは失業者と失業保険(財政)が負担することになる。
変革期には米国方式が優れたやり方だと信じられている。しかし日本とか欧州のような「社会的」市場経済においては勤労者に負担をかける米国方式では、これまでの競争力の源泉であった社会構造そのものを壊してしまう危険性がある。少なくとも痛みを吸収するだけの拡大的な経済政策が必要となる。
今回のシラクの敗北は、決してワシントンポスト紙が書くようにフランス国民の「蒙昧さ」のせいではない。過去の選挙においてフランスの選挙民は驚くほど一貫して「雇用」と「成長」を支持してきた。シラクが負けたのは、むしろこのフランス国民の一貫性を軽視した英米型経済政策への反発のせいだ。
フランスばかりでなく欧州においては社会民主主義政党の政権奪取が続いている。経済グローバル化の光の部分のみならず、影の部分との対比が議論の焦点になりつつある。
そもそも、欧州の通貨統合を成功させるためには、通貨を強く維持しなければならない、そのためには緊縮財政が避けがたい、苦しいけれども我慢しようとの議論は、昭和の初期の日本で金本位制への復帰をめぐり展開された議論とよく似ている。時の大蔵大臣、井上準之助は、異常な使命感と情熱を持って、実勢レートを上回る旧平価での金本位制への復帰を主張し、円高誘導のためのデフレ政策の必要性を全国で説いてまわった。演説を聴いて感動したひとりのお婆さんが井上に向かってお賽銭を投げたとの話も残っている。しかし井上緊縮財政の結果は日本経済を未曾有の大不況に陥れるだけの結果となった。
シラク大統領が井上準之助だとは言わない。しかし文化風土や伝統を軽視した教条主義的な政策はなかなか成功しないのである。
(橋本 尚幸)
1997年5月1日木曜日
ゼロサム時代に求められる情報調査機能
昨年の10月に当部の陣容が大きく変わり、部の名称も「情報調査部」と改められてから、はやくも7カ月が経過した。新しい仕事の内容もようやく固まりつつある。この機会に、当部の仕事とその役割について、企業における本社機能、そのなかでの情報の意味にも敷衍しながら、考えるところを述べて見たい。
当部の役割は、社則の規定では「内外の政治・社会・経済・産業等に関する情報収集と分析、基本的調査」となっているが、この「基本的」という言葉がみそである。ビジネス遂行上、日常的に収集される情報とは別の観点からの、基本的で細部にとらわれない骨太の情報分析が、われわれに期待されていると理解されるからである。
企業は、実際的で具体的な当事者の情報と、ややマクロ的で第三者的な立場からの情報の二つの情報チャンネルをもつことで、はじめてバランスのとれた「複眼」的な情勢の判断が出来ることになる。
このようなダブル・チャンネルによる情報収集と分析システムは民間会社に限ったものではない。外務省においては、アジア局、北米局などの地域主管局による情報収集に並行し、全世界を横断的にカバーする国際情報局での情報分析も同じように重視されている。なぜならば地域を主管する局は、自分がその地域での政策を立案する当時者であることから、どうしてもいままでの政策により情勢判断が左右され勝ちである。利害関係のない中立的な第三者にはこのようなバイアスはない。両者の判断は必ずしも常に一致を見ることはないが、議論を通じて、全体としては間違いのない判断が可能になるのである。
ちなみにこのやり方は、イギリスの外務省の伝統に倣ったもののようだ。イギリスでは歴史的に外交官の正式ルート経由の情報に加えて情報専門機関の独自情報が重視される。これは007の小説などでも有名だが、その起源はずっと古く17世紀に遡る。エリザベス一世統治下のイギリス外交は、複数のチャンネルからなる情報網とその情報の徹底的な分析に大きな特徴があった。このシステムのおかげでスペインの無敵艦隊を打ち破り、大英帝国の全盛時代を築き上げていくことが出来たといわれている(中西輝政『大英帝国衰亡史』)。
日本経済もいま、右肩上がりの成長の時代は終わりを告げ、ゼロサムの時代に入ったといわれる。そのなかでの総花的な総合主義は、平均点すなわち業績のゼロ成長しかもたらさない。グローバル・リスクも一層に高まるなか、方向性を提示し、経営資源のより合理的配分を示唆する機能、すなわち本社機能が今まで以上に望まれている。
方向性を提示するためには、地道に情報を集め、分析し、問題の「解」を考えなければならない。単なる評論家にとどまることなく、総合商社というダイナミックな企業組織の一機能として、情報を収集し分析し、「解」を考える材料を用意することは当部の重要な役割であると考える。
「解」とは「ビジョン」でもある。企業レベルにとどまらず産業レベルでこれを考えれば、業界のなかでの総合商社のリーダーシップの在り方にもつながってくるように思う。
(橋本 尚幸)
当部の役割は、社則の規定では「内外の政治・社会・経済・産業等に関する情報収集と分析、基本的調査」となっているが、この「基本的」という言葉がみそである。ビジネス遂行上、日常的に収集される情報とは別の観点からの、基本的で細部にとらわれない骨太の情報分析が、われわれに期待されていると理解されるからである。
企業は、実際的で具体的な当事者の情報と、ややマクロ的で第三者的な立場からの情報の二つの情報チャンネルをもつことで、はじめてバランスのとれた「複眼」的な情勢の判断が出来ることになる。
このようなダブル・チャンネルによる情報収集と分析システムは民間会社に限ったものではない。外務省においては、アジア局、北米局などの地域主管局による情報収集に並行し、全世界を横断的にカバーする国際情報局での情報分析も同じように重視されている。なぜならば地域を主管する局は、自分がその地域での政策を立案する当時者であることから、どうしてもいままでの政策により情勢判断が左右され勝ちである。利害関係のない中立的な第三者にはこのようなバイアスはない。両者の判断は必ずしも常に一致を見ることはないが、議論を通じて、全体としては間違いのない判断が可能になるのである。
ちなみにこのやり方は、イギリスの外務省の伝統に倣ったもののようだ。イギリスでは歴史的に外交官の正式ルート経由の情報に加えて情報専門機関の独自情報が重視される。これは007の小説などでも有名だが、その起源はずっと古く17世紀に遡る。エリザベス一世統治下のイギリス外交は、複数のチャンネルからなる情報網とその情報の徹底的な分析に大きな特徴があった。このシステムのおかげでスペインの無敵艦隊を打ち破り、大英帝国の全盛時代を築き上げていくことが出来たといわれている(中西輝政『大英帝国衰亡史』)。
日本経済もいま、右肩上がりの成長の時代は終わりを告げ、ゼロサムの時代に入ったといわれる。そのなかでの総花的な総合主義は、平均点すなわち業績のゼロ成長しかもたらさない。グローバル・リスクも一層に高まるなか、方向性を提示し、経営資源のより合理的配分を示唆する機能、すなわち本社機能が今まで以上に望まれている。
方向性を提示するためには、地道に情報を集め、分析し、問題の「解」を考えなければならない。単なる評論家にとどまることなく、総合商社というダイナミックな企業組織の一機能として、情報を収集し分析し、「解」を考える材料を用意することは当部の重要な役割であると考える。
「解」とは「ビジョン」でもある。企業レベルにとどまらず産業レベルでこれを考えれば、業界のなかでの総合商社のリーダーシップの在り方にもつながってくるように思う。
(橋本 尚幸)
1997年4月2日水曜日
市場経済システムは万能か?
クアンタム・ファンドで有名な、大胆にして緻密な投機戦略家のジョージ・ソロスが、アトランティック・マンスリー誌に『資本主義の脅威』と題する論文を発表し話題を呼んでいる。行きすぎた市場経済システムは伝統的な社会価値を破壊する可能性がある、「よい社会」とは単純な市場原理だけでは実現しないと、ベルグソン、ハイエクなども引用して繰り広げる彼の議論は、現代の市場メカニズムに精通し、そこから巨万の富を稼ぎ出すソロスがいうだけに意外性に富む。
ソロスのこの論文に限らず、昨今、いままで万能と見られてきた自由主義・市場経済を通じる問題解決の方法は果たして最善のものなのかとの疑問があちこちで見られるようになった。市場経済システムの一番の問題点はどうしても一時的には「行きすぎ」とならざるをえず、必ず後でその反動が来ることである。日本経済も全員が市場の亡者となったバブル時代の熱狂は今や遠くに去り、長きに渡る低迷を続けている。
この上なく力強い成長を続けたかに見えるアジアのいくつかの国でもバブルの終焉が現実のものとなりつつある。市場経済の歴史とはバブルの形成とその反動の繰り返しの歴史に他ならない。しかし何故バブルが発生するのか、どうして市場経済システムは懲りずに行きすぎを繰り返すのか、納得の行く説明はなかなかないのである。
その意味で、今般イングランド銀行が発表した金融機関のディーラーに対するボーナス制度に関する報告書は、一見してきわめて地味で技術的な問題を取り扱ったように見えるものの、市場経済メカニズムのロコモーティブ・パワーであるインセンティブ制度そのものに市場の「行きすぎ」をもたらすメカニズムが組み込まれていることを明らかにした点で興味深い。市場経済においてバブルはなぜ不可避なのかについて、一つのヒントを提供してくれるように思う。
報告書によればトレーダーへの報酬インセンティブがプラスとマイナスで非対称になっているのが問題という。トレーダーのボーナスがきわめて高額になっていることは有名だが、一方で失敗した場合でも、向こう傷を問われない場合が多い。最悪、首になるだけだが、首になっても同業他社から幾らでも拾ってもらえるので生活には困らない、つまりポジティブ・インセンティブとネガティブ・インセンティブが(信賞必罰が)非対称的になっている結果、全体としては常にリスクを増大させても儲ける可能性のある方向にインセンティブが働くというのだ。
すぐに気がつくが、これは金融取引におけるボーナスに限ったものではなく、セーフティーネットが整備された現代社会においては、あらゆる事業分野において観察できるように思う。それが常に経済の行き過ぎと反動をもたらしている可能性がある。
日本型資本主義が行き詰まった今、アメリカ型資本主義が今や唯一正しいものであると喧伝されている。確かによい点は多々あることは否定しないがアメリカ式資本主義にも問題はある。ちなみに今回のイングランド銀行が提言している新しいインセンティブ・システムとは、今まで「日本型」と呼ばれた企業システムにむしろよく似ているのである。
(橋本 尚幸)
ソロスのこの論文に限らず、昨今、いままで万能と見られてきた自由主義・市場経済を通じる問題解決の方法は果たして最善のものなのかとの疑問があちこちで見られるようになった。市場経済システムの一番の問題点はどうしても一時的には「行きすぎ」とならざるをえず、必ず後でその反動が来ることである。日本経済も全員が市場の亡者となったバブル時代の熱狂は今や遠くに去り、長きに渡る低迷を続けている。
この上なく力強い成長を続けたかに見えるアジアのいくつかの国でもバブルの終焉が現実のものとなりつつある。市場経済の歴史とはバブルの形成とその反動の繰り返しの歴史に他ならない。しかし何故バブルが発生するのか、どうして市場経済システムは懲りずに行きすぎを繰り返すのか、納得の行く説明はなかなかないのである。
その意味で、今般イングランド銀行が発表した金融機関のディーラーに対するボーナス制度に関する報告書は、一見してきわめて地味で技術的な問題を取り扱ったように見えるものの、市場経済メカニズムのロコモーティブ・パワーであるインセンティブ制度そのものに市場の「行きすぎ」をもたらすメカニズムが組み込まれていることを明らかにした点で興味深い。市場経済においてバブルはなぜ不可避なのかについて、一つのヒントを提供してくれるように思う。
報告書によればトレーダーへの報酬インセンティブがプラスとマイナスで非対称になっているのが問題という。トレーダーのボーナスがきわめて高額になっていることは有名だが、一方で失敗した場合でも、向こう傷を問われない場合が多い。最悪、首になるだけだが、首になっても同業他社から幾らでも拾ってもらえるので生活には困らない、つまりポジティブ・インセンティブとネガティブ・インセンティブが(信賞必罰が)非対称的になっている結果、全体としては常にリスクを増大させても儲ける可能性のある方向にインセンティブが働くというのだ。
すぐに気がつくが、これは金融取引におけるボーナスに限ったものではなく、セーフティーネットが整備された現代社会においては、あらゆる事業分野において観察できるように思う。それが常に経済の行き過ぎと反動をもたらしている可能性がある。
日本型資本主義が行き詰まった今、アメリカ型資本主義が今や唯一正しいものであると喧伝されている。確かによい点は多々あることは否定しないがアメリカ式資本主義にも問題はある。ちなみに今回のイングランド銀行が提言している新しいインセンティブ・システムとは、今まで「日本型」と呼ばれた企業システムにむしろよく似ているのである。
(橋本 尚幸)
1997年3月3日月曜日
「眠り口銭」について考える
「総合商社は斜陽であるか」と題する論文が論議をよんだのは60年代のはじめであった。これ自体は既に歴史上の出来事であり、いまや記憶している人も少なくなったが、商社マンどうしで話していて、いまだにこの種の議論に遭遇することがあり驚かされる。日本経済の先行き不透明感が「総合商社も果たしてこのままでいいのか」という危機意識につながっているのだろう。
とりわけ問題視されるのは「眠り口銭」取引というもので、この言葉はほとんど禁句に近い。商社マンは「眠り口銭」などとんでもない、商社はこんな機能を提供しているのだとむきになるのが普通である。でも列挙される「商社機能」を具体的にブレークダウンして、その対価を専門会社に分離発注したとしてコストを積み上げてゆくと往々にして矛盾が出てくる。最後はまあまあで終わるがこれは問題である。
誤解のないようにいっておくが商社機能の強化が望まれると常識論をいっているのではない。ましてや商社無用論を展開しているのでもない。商社マンが自分が担当する取引について、商社の介在の正当性をきっちりと説明できない場合があることを問題視しているのである。新入社員も入ってくる。若手の商社マンももっと理論武装をする必要がある。
考えるに、商社の受取口銭を現時点で商社が提供しているサービスの量でのみ説明しようとするからいろいろ無理が生じるように思う。商社の口銭は現在と過去、さらに“未来への期待”というの三つの時点にまたがる商社サービスの対価であるが、とりわけ過去のサービスに対する報酬という性格が強いからである。
商社の最も基本的な役割に取引関係の構築がある。そのため商社は多大の先行投資もし苦労に苦労を重ねて数多くの取引関係を作り上げてきた。苦労のすえ考えついたという点でそれは知的所有権にも似ている。このような参加者全員にメリットを与える取引においては、関係者が享受しているメリットの一部をこの取引関係を創案して実現させた商社に口銭として支払うことになる。取引関係の普請代が分割延べ払いになっているとも言え、商流のなかの商社サービスだけでこれを説明しようとすると「眠り口銭」のように見えるのである。
人が作り出すすべての商品の例にもれず、商社が工夫し、提案し、ようやく実現させた取引関係にもライフサイクルがある。はじめのうちは関係者すべてに多大のメリットをもたらしたものだが、徐々に成熟し古くなり陳腐化していく。
そこで商社マンがやらねばならないことは、陳腐化して旧式になった取引関係にむやみにしがみつき、抽象的な商社機能をむきになって主張するのではなく、もっと未来を指向し、有利で新しい取引関係を工夫し、関係者に提案し、実現させ、取引関係に新陳代謝を図ることではないか。
グローバル化のなかで、産業構造は大きく変化している。世界中の企業にとって、新しい時代に適応するため、アウトソーシング化も含めた革新的な取引関係の構築が課題となっている。取引関係の創造者である商社への期待はますます高まっている。
とりわけ問題視されるのは「眠り口銭」取引というもので、この言葉はほとんど禁句に近い。商社マンは「眠り口銭」などとんでもない、商社はこんな機能を提供しているのだとむきになるのが普通である。でも列挙される「商社機能」を具体的にブレークダウンして、その対価を専門会社に分離発注したとしてコストを積み上げてゆくと往々にして矛盾が出てくる。最後はまあまあで終わるがこれは問題である。
誤解のないようにいっておくが商社機能の強化が望まれると常識論をいっているのではない。ましてや商社無用論を展開しているのでもない。商社マンが自分が担当する取引について、商社の介在の正当性をきっちりと説明できない場合があることを問題視しているのである。新入社員も入ってくる。若手の商社マンももっと理論武装をする必要がある。
考えるに、商社の受取口銭を現時点で商社が提供しているサービスの量でのみ説明しようとするからいろいろ無理が生じるように思う。商社の口銭は現在と過去、さらに“未来への期待”というの三つの時点にまたがる商社サービスの対価であるが、とりわけ過去のサービスに対する報酬という性格が強いからである。
商社の最も基本的な役割に取引関係の構築がある。そのため商社は多大の先行投資もし苦労に苦労を重ねて数多くの取引関係を作り上げてきた。苦労のすえ考えついたという点でそれは知的所有権にも似ている。このような参加者全員にメリットを与える取引においては、関係者が享受しているメリットの一部をこの取引関係を創案して実現させた商社に口銭として支払うことになる。取引関係の普請代が分割延べ払いになっているとも言え、商流のなかの商社サービスだけでこれを説明しようとすると「眠り口銭」のように見えるのである。
人が作り出すすべての商品の例にもれず、商社が工夫し、提案し、ようやく実現させた取引関係にもライフサイクルがある。はじめのうちは関係者すべてに多大のメリットをもたらしたものだが、徐々に成熟し古くなり陳腐化していく。
そこで商社マンがやらねばならないことは、陳腐化して旧式になった取引関係にむやみにしがみつき、抽象的な商社機能をむきになって主張するのではなく、もっと未来を指向し、有利で新しい取引関係を工夫し、関係者に提案し、実現させ、取引関係に新陳代謝を図ることではないか。
グローバル化のなかで、産業構造は大きく変化している。世界中の企業にとって、新しい時代に適応するため、アウトソーシング化も含めた革新的な取引関係の構築が課題となっている。取引関係の創造者である商社への期待はますます高まっている。
1997年2月3日月曜日
円安で一息ついた国内景気
もうずいぶん昔のことだが、あるイギリス人から、国際経済を司る「神様」の話を聞いたことがある。
貿易ビジネスに勝敗はつきものだが、特定の国がいつも勝ってばかりいたり、また逆に負けてばかりいると、ゲームは続けられない。神様はいつも上でみていて、調子に乗って勝ち続けるものがおれば、出てきてお懲らしめになるし、負けが込んでいて苦しんでいるものがいると、来て助けてくださる。だから新興工業国の台頭があっても国際社会の序列は簡単には変わらない。その神様こそが為替レートなのだという話であった。
単純すぎる話かもしれない。しかし裏には何世紀にわたって新興工業国の挑戦を退け続けてきたアングロ・サクソンの歴史の重みがあり、なかなか説得力があった。為替はなぜ変動するか、いろいろ屁理屈を付けて説明できないこともないが、この話が今のところ一番私の趣味に合致している。
最近の急速な円安の進行で、日本国内に不安感と悲観論が広がっている。でもこれは過去の行きすぎた円高を是正しようとする「為替の神様」の意思と考え、もっと素直に喜んでよいのではないか。現に着々と円安の好影響が出てきている。
まず貿易動向であるが、輸入数量は横ばいが続くなかで、輸出数量は96年初から約10%の伸びを示している。その結果、貿易黒字は96年の第2四半期を底として2四半期連続の増加となった。
背景に円安があることは勿論である。為替の変動がどれくらいのタイムラグをおいて貿易に影響を与えるのか、過去の例を見ると約1年半から2年かかっている。今回の円安は95年の第2四半期からで、まだ一年しか経っていない。本格的な黒字拡大はむしろこれからと考えるべきであろう。失速寸前の国内景気にとってまさに恵みの雨となる。(またぞろ貿易黒字が膨れ上がると通商摩擦を心配する向きもあるが、いまの日本にとって最も大切な国際的責務は、自国のリセッションを回避することである)
さらに対外直接投資の対内直接投資(国内設備投資)への振り替えがある。日本産業の海外移転は構造的な基調であり少々為替が円安に戻ったとしても簡単には変わらない。現に96年の対外直接投資はまだ増加基調が続いており、円安が対外直接投資を減少させるまでには至っていない。しかし前回89年の円安進行期には約2年後の91年に海外直接投資の減少が観察された。タイムラグは2年とすると、今回は年央あたりから日本の海外直接投資は減少に転ずることになる。そのうち相当分は国内の設備投資にまわると考えられ景気にはプラスの効果がある。
円安の景気浮揚効果は定量的にどのくらいかだが、120円/ドルが続くとしてモデルで計算をすると、当部の年末の97年度の予測成長率1・5%(前提レート107円)は、2・2%に上方修正されることになる。これはもう立派な巡航速度といってもよい。
経済モデルは万能ではない。しかし実体経済はだいたい理屈通りに動くものだ。行きすぎは必ず「為替の神様」が是正してくれるのである。
橋本尚幸
貿易ビジネスに勝敗はつきものだが、特定の国がいつも勝ってばかりいたり、また逆に負けてばかりいると、ゲームは続けられない。神様はいつも上でみていて、調子に乗って勝ち続けるものがおれば、出てきてお懲らしめになるし、負けが込んでいて苦しんでいるものがいると、来て助けてくださる。だから新興工業国の台頭があっても国際社会の序列は簡単には変わらない。その神様こそが為替レートなのだという話であった。
単純すぎる話かもしれない。しかし裏には何世紀にわたって新興工業国の挑戦を退け続けてきたアングロ・サクソンの歴史の重みがあり、なかなか説得力があった。為替はなぜ変動するか、いろいろ屁理屈を付けて説明できないこともないが、この話が今のところ一番私の趣味に合致している。
最近の急速な円安の進行で、日本国内に不安感と悲観論が広がっている。でもこれは過去の行きすぎた円高を是正しようとする「為替の神様」の意思と考え、もっと素直に喜んでよいのではないか。現に着々と円安の好影響が出てきている。
まず貿易動向であるが、輸入数量は横ばいが続くなかで、輸出数量は96年初から約10%の伸びを示している。その結果、貿易黒字は96年の第2四半期を底として2四半期連続の増加となった。
背景に円安があることは勿論である。為替の変動がどれくらいのタイムラグをおいて貿易に影響を与えるのか、過去の例を見ると約1年半から2年かかっている。今回の円安は95年の第2四半期からで、まだ一年しか経っていない。本格的な黒字拡大はむしろこれからと考えるべきであろう。失速寸前の国内景気にとってまさに恵みの雨となる。(またぞろ貿易黒字が膨れ上がると通商摩擦を心配する向きもあるが、いまの日本にとって最も大切な国際的責務は、自国のリセッションを回避することである)
さらに対外直接投資の対内直接投資(国内設備投資)への振り替えがある。日本産業の海外移転は構造的な基調であり少々為替が円安に戻ったとしても簡単には変わらない。現に96年の対外直接投資はまだ増加基調が続いており、円安が対外直接投資を減少させるまでには至っていない。しかし前回89年の円安進行期には約2年後の91年に海外直接投資の減少が観察された。タイムラグは2年とすると、今回は年央あたりから日本の海外直接投資は減少に転ずることになる。そのうち相当分は国内の設備投資にまわると考えられ景気にはプラスの効果がある。
円安の景気浮揚効果は定量的にどのくらいかだが、120円/ドルが続くとしてモデルで計算をすると、当部の年末の97年度の予測成長率1・5%(前提レート107円)は、2・2%に上方修正されることになる。これはもう立派な巡航速度といってもよい。
経済モデルは万能ではない。しかし実体経済はだいたい理屈通りに動くものだ。行きすぎは必ず「為替の神様」が是正してくれるのである。
橋本尚幸
1997年1月6日月曜日
「民活」が必要な国内景気
景気予測の季節になった。毎年この時期には、簡易モデルなどによるマクロ的な予測作業に並行して、実際に商売をする営業部門がどう景気を見ているか、時間をかけじっくりとヒアリングをすることにしている。
なにせ総合商社の取扱品目は2万点を超える。それぞれの商品にはそれぞれの業界がある。業界ごとにその道何十年の商社マンがいる。こういった第一線の情報を丹念に聞くことで、統計数字だけではわからない日本経済の生の姿が正確に見えてくる。
さて、そうやって聞き取った景況感であるが、なかなかきびしいものであった。統計の数字をみる限りでは、景気は緩やかな回復と読めるが、実態はそれほど楽観できないとの印象を受けた。
まず第一に業界の満足感がまだまだ低いということ。通常の景気回復期には絶好調で自信に満ちあふれている業界があるものだが、今回はそんなことはない。よいところもあるが、好況感も「ちゅうくらい」なのだ。
二つ目は先行き不透明感である。いま調子の良い業界でも現在の好況が来年度も継続することには確信が持てずにいる。
三つ目は「まだら模様」という点である。晴れの業種や曇りの業種というように、業種によってまだら模様がみられるのは毎度のことである。しかし今回は、この業種ごとのまだら模様に加え、品種によるまだら模様、企業によるまだら模様と、まだらが三つどもえに複雑に入り込んでいるのが特徴である。背景には日本産業の大きな構造変化がある。いろんなレベルでの激しい競争が続き、いよいよ勝者と敗者の区別がはっきりしてきているとの印象である。
このような景気の基調の弱さは、計数的アプローチでも裏付けられる。経済調査チームで作業したが、来年度の実質経済成長率の予測値は1.5%となった。公共投資の息切れ、消費税率のアップ、特別減税の打ち切りで、来年度は7兆円程度のデフレ効果は避けられない。外需などの一部の需要項目の好転が期待できるものの、実質成長率は1%台とならざるを得ない。日本経済の潜在成長率を計算すると2.5%程度となるので、来年度の成長率が1.5%ということは、来年度だけで実現できた筈のGDPの1%(5兆円)の財・サービスを無駄にすることになる。
日本産業は大きな構造調整の真っ直中にある。調整の痛みは、対症療法ではなく経済全体の「パイの拡大」のなかで癒されるのが望ましい。経済の構造調整を促進するためにも、もっと高い成長率が指向されねばならない。
しかし財政赤字が積み上がる中、非効率な公共投資は増やせない事情がある。日本の貧困な社会資本はなかなか充実されない。一方で低金利にも拘わらず、需要の低迷、先行き不安から、民間の貯蓄は国内での設備投資にまわらず海外に向かう。
政府の公共投資を毎年1兆円づつ効率の良い民間投資に振りかえるだけで、実質成長率は年々0.6%アップするという興味深い試算がある(日経センターの生産関数モデル)。社会資本の整備の「民活」化を加速させるべきである。景気も、この国の将来も、これにかかっているのではないか。
(橋本 尚幸)
なにせ総合商社の取扱品目は2万点を超える。それぞれの商品にはそれぞれの業界がある。業界ごとにその道何十年の商社マンがいる。こういった第一線の情報を丹念に聞くことで、統計数字だけではわからない日本経済の生の姿が正確に見えてくる。
さて、そうやって聞き取った景況感であるが、なかなかきびしいものであった。統計の数字をみる限りでは、景気は緩やかな回復と読めるが、実態はそれほど楽観できないとの印象を受けた。
まず第一に業界の満足感がまだまだ低いということ。通常の景気回復期には絶好調で自信に満ちあふれている業界があるものだが、今回はそんなことはない。よいところもあるが、好況感も「ちゅうくらい」なのだ。
二つ目は先行き不透明感である。いま調子の良い業界でも現在の好況が来年度も継続することには確信が持てずにいる。
三つ目は「まだら模様」という点である。晴れの業種や曇りの業種というように、業種によってまだら模様がみられるのは毎度のことである。しかし今回は、この業種ごとのまだら模様に加え、品種によるまだら模様、企業によるまだら模様と、まだらが三つどもえに複雑に入り込んでいるのが特徴である。背景には日本産業の大きな構造変化がある。いろんなレベルでの激しい競争が続き、いよいよ勝者と敗者の区別がはっきりしてきているとの印象である。
このような景気の基調の弱さは、計数的アプローチでも裏付けられる。経済調査チームで作業したが、来年度の実質経済成長率の予測値は1.5%となった。公共投資の息切れ、消費税率のアップ、特別減税の打ち切りで、来年度は7兆円程度のデフレ効果は避けられない。外需などの一部の需要項目の好転が期待できるものの、実質成長率は1%台とならざるを得ない。日本経済の潜在成長率を計算すると2.5%程度となるので、来年度の成長率が1.5%ということは、来年度だけで実現できた筈のGDPの1%(5兆円)の財・サービスを無駄にすることになる。
日本産業は大きな構造調整の真っ直中にある。調整の痛みは、対症療法ではなく経済全体の「パイの拡大」のなかで癒されるのが望ましい。経済の構造調整を促進するためにも、もっと高い成長率が指向されねばならない。
しかし財政赤字が積み上がる中、非効率な公共投資は増やせない事情がある。日本の貧困な社会資本はなかなか充実されない。一方で低金利にも拘わらず、需要の低迷、先行き不安から、民間の貯蓄は国内での設備投資にまわらず海外に向かう。
政府の公共投資を毎年1兆円づつ効率の良い民間投資に振りかえるだけで、実質成長率は年々0.6%アップするという興味深い試算がある(日経センターの生産関数モデル)。社会資本の整備の「民活」化を加速させるべきである。景気も、この国の将来も、これにかかっているのではないか。
(橋本 尚幸)
1996年11月18日月曜日
インフレを考える
1996.11.18
FRBの金融政策に関連してかなり突っ込んだ議論が繰り広げられている。アメリカの景気を過熱気味と見るのかどうか、われわれが使っている経済指標は信頼できる指標なのかにまで踏み込んで議論されている。以下、その議論の内容と政策インプリケーションを説明する。
1. 成長重視/金融緩和論者
消費者物価指数は実際の水準より高めに出ている(実際のインフレ率は統計数字より低い)、また、生産性上昇率は実際の上昇率より低めに出ている(実際の生産性の上昇率は統計数字より高い)。よって現実のアメリカ経済の供給力(潜在成長率 )は考えられている以上に高い水準にあり、インフレの危険性は見かけよりも少ない、との主張である 。
この主張は、FRBは金融緩和を行い、もっと高めの実質経済成長率を目指すべきである、それをやってもインフレにはならないとの議論につながってくる。FRBのグリーンスパン議長もこれに似た考え方を持っており 、結局FRBは、金利の引き上げ、金融引き締めは必要ないとの判断になった。
統計が実態と乖離しはじめた理由は、1)製品やサービスの質の改善が物価統計に十分反映されないこと(コンピュータの価格の例 )、2)低価格品(ディスカウント店)への消費者の好みのシフトを物価統計が捉えきれない部分があること(西友物価指数の例 )などとされている。
大きな背景には、経済のグローバル化があるとされる。安い輸入品が幾らでも入ってくること、安い輸入品との競争で国内生産物の値上げがやりにくいことなど。また従来、製造業の設備稼働率が80%を超えるとインフレの危険性があると言われたが、経済のグローバル化に伴い、単なる一国ベースの設備稼働率は意味が無くなってきていることも事実である 。「インフレは死火山となった 」という極端な主張もある。
2. この議論の問題点の指摘
この議論に対してはいろいろ反論が出されており、なかでもポール・クルーグマンが繰り広げたエコノミスト誌の論文 が注目される。
すなわち、確かに物価の測定は難しく、実際の水準より高めに出ていることがあるかも知れない(実際にどの程度高めに出るのかは別にして)。そのため実質生産性の推計も実際よりも低めに出ているかも知れない。(名目のアウトプットを物価水準でデフレート(割り算)して実質生産性上昇率を計算するから)その結果、潜在成長率も従来考えられていた以上に高いかも知れない(言われている数字「2.5%」以上であるのかも知れない)。
しかし、もし現在の物価統計が高めに出ているのであれば、現在の実質経済成長率も実際より低めに評価推計されていることになる。(名目の成長率を物価水準でデフレートしたのが実質成長率であるので、物価がもっと低いというのであれば現在の成長率はもっと高いはず)すなわち成長重視論者が主張する「高めの成長率」は“現時点で既に”実現していることになるとの主張である。
また物価水準にしても、たしかに「質」が問題であるが、現実に質の向上、安物へのシフトを具体的にどう反映させるのかは難しい問題である。「安物」はやはり「安物」であり、安物へのシフトは消費者がこれで辛抱させられているということでもある。「質」の向上も生産者の立場に立った主張であることが多く、消費者に本当にそれが評価されているかどうかは別問題であると思われる。
グローバル化の問題だが、輸入がGDPに占める割合は13%にしか過ぎない。付加価値の60%以上 、雇用の75% が非貿易財(サービス、政府業務、建設)で生み出されている。現実に、米国にとっての最大の貿易相手国である日本の93年から95年にかけての大きな円高にも拘わらず、米国の物価水準は上昇しなかった 。グローバル化は言われているほど国内物価に影響を与えない。(日本の内外価格差も解消しない)
3. 物価安定至上主義(ゼロ・インフレ論)について
各国の中央銀行はインフレは「絶対の悪」との考え方を「建て前」としている。インフレは自由経済で一番重要である市場の価格メカニズムを破壊する。インフレの中では企業は市場からの価格のシグナルを探知することが難しくなり、経済の価格メカニズムが正常に機能しなくなる。また供給面を捉えても企業の前向きの技術革新や生産性向上による小さな利幅上昇がインフレの中で埋没することで企業努力を無意味なものにすることになると主張する 。
しかしそうは言っても何がなんでもインフレをゼロにすべきだと言うのは現実的ではない。「ゼロ・インフレ」は望ましいものの、それを追求するために払わねばならないコストは膨大であり、マイルドなインフレのコストよりも大きい可能性がある 。さらに賃金の下方硬直性を考えれば、マイルドなインフレ下での方が、産業間の賃金水準の適正化がやりやすい 、ということもある。
4. 結論的に言って
ドグマティックでない現実的な対応が望まれる。FRBも建て前は別にすると現実の政策ではマイルドなインフレはある程度容認していくような現実的な政策を採っているように見える。
「インフレは死んだ」と断言するのは未だ早い。ただ経済の構造変化が従来のクライテリアを変化させていることは事実である。最適の失業率とインフレの組み合わせ、設備稼働率とインフレの組み合わせ、また潜在成長率の数字自体も、新しい現実に合わせて推計していくことが必要となっている。
FRBの金融政策に関連してかなり突っ込んだ議論が繰り広げられている。アメリカの景気を過熱気味と見るのかどうか、われわれが使っている経済指標は信頼できる指標なのかにまで踏み込んで議論されている。以下、その議論の内容と政策インプリケーションを説明する。
1. 成長重視/金融緩和論者
消費者物価指数は実際の水準より高めに出ている(実際のインフレ率は統計数字より低い)、また、生産性上昇率は実際の上昇率より低めに出ている(実際の生産性の上昇率は統計数字より高い)。よって現実のアメリカ経済の供給力(潜在成長率 )は考えられている以上に高い水準にあり、インフレの危険性は見かけよりも少ない、との主張である 。
この主張は、FRBは金融緩和を行い、もっと高めの実質経済成長率を目指すべきである、それをやってもインフレにはならないとの議論につながってくる。FRBのグリーンスパン議長もこれに似た考え方を持っており 、結局FRBは、金利の引き上げ、金融引き締めは必要ないとの判断になった。
統計が実態と乖離しはじめた理由は、1)製品やサービスの質の改善が物価統計に十分反映されないこと(コンピュータの価格の例 )、2)低価格品(ディスカウント店)への消費者の好みのシフトを物価統計が捉えきれない部分があること(西友物価指数の例 )などとされている。
大きな背景には、経済のグローバル化があるとされる。安い輸入品が幾らでも入ってくること、安い輸入品との競争で国内生産物の値上げがやりにくいことなど。また従来、製造業の設備稼働率が80%を超えるとインフレの危険性があると言われたが、経済のグローバル化に伴い、単なる一国ベースの設備稼働率は意味が無くなってきていることも事実である 。「インフレは死火山となった 」という極端な主張もある。
2. この議論の問題点の指摘
この議論に対してはいろいろ反論が出されており、なかでもポール・クルーグマンが繰り広げたエコノミスト誌の論文 が注目される。
すなわち、確かに物価の測定は難しく、実際の水準より高めに出ていることがあるかも知れない(実際にどの程度高めに出るのかは別にして)。そのため実質生産性の推計も実際よりも低めに出ているかも知れない。(名目のアウトプットを物価水準でデフレート(割り算)して実質生産性上昇率を計算するから)その結果、潜在成長率も従来考えられていた以上に高いかも知れない(言われている数字「2.5%」以上であるのかも知れない)。
しかし、もし現在の物価統計が高めに出ているのであれば、現在の実質経済成長率も実際より低めに評価推計されていることになる。(名目の成長率を物価水準でデフレートしたのが実質成長率であるので、物価がもっと低いというのであれば現在の成長率はもっと高いはず)すなわち成長重視論者が主張する「高めの成長率」は“現時点で既に”実現していることになるとの主張である。
また物価水準にしても、たしかに「質」が問題であるが、現実に質の向上、安物へのシフトを具体的にどう反映させるのかは難しい問題である。「安物」はやはり「安物」であり、安物へのシフトは消費者がこれで辛抱させられているということでもある。「質」の向上も生産者の立場に立った主張であることが多く、消費者に本当にそれが評価されているかどうかは別問題であると思われる。
グローバル化の問題だが、輸入がGDPに占める割合は13%にしか過ぎない。付加価値の60%以上 、雇用の75% が非貿易財(サービス、政府業務、建設)で生み出されている。現実に、米国にとっての最大の貿易相手国である日本の93年から95年にかけての大きな円高にも拘わらず、米国の物価水準は上昇しなかった 。グローバル化は言われているほど国内物価に影響を与えない。(日本の内外価格差も解消しない)
3. 物価安定至上主義(ゼロ・インフレ論)について
各国の中央銀行はインフレは「絶対の悪」との考え方を「建て前」としている。インフレは自由経済で一番重要である市場の価格メカニズムを破壊する。インフレの中では企業は市場からの価格のシグナルを探知することが難しくなり、経済の価格メカニズムが正常に機能しなくなる。また供給面を捉えても企業の前向きの技術革新や生産性向上による小さな利幅上昇がインフレの中で埋没することで企業努力を無意味なものにすることになると主張する 。
しかしそうは言っても何がなんでもインフレをゼロにすべきだと言うのは現実的ではない。「ゼロ・インフレ」は望ましいものの、それを追求するために払わねばならないコストは膨大であり、マイルドなインフレのコストよりも大きい可能性がある 。さらに賃金の下方硬直性を考えれば、マイルドなインフレ下での方が、産業間の賃金水準の適正化がやりやすい 、ということもある。
4. 結論的に言って
ドグマティックでない現実的な対応が望まれる。FRBも建て前は別にすると現実の政策ではマイルドなインフレはある程度容認していくような現実的な政策を採っているように見える。
「インフレは死んだ」と断言するのは未だ早い。ただ経済の構造変化が従来のクライテリアを変化させていることは事実である。最適の失業率とインフレの組み合わせ、設備稼働率とインフレの組み合わせ、また潜在成長率の数字自体も、新しい現実に合わせて推計していくことが必要となっている。
1996年10月2日水曜日
日本経済の現状と今後の総合商社の役割について
1996.10.2
I.歴史の転換点に立つ日本経済
○日本経済は歴史的な転換点に立っている。これは産業革命や、第一次世界大戦後の日本経済の混乱に匹敵するような節目である。この変化は1990年代に入ってから始まったものだが、いまはほんの序の口であり、この混乱は今後まだまだ続く。21世紀にかけては変化の時代となる。
○さらに、現代は変化のスピードが加速されている。古代は1000年ごとに時代の節目がめぐってきたとすると、中世ではそれが500年単位となり、近世では100年ごととなった。戦後の日本経済では、20年単位で節目といえるような大きな変化が発生している。時代の目盛りが「普通目盛り」から「対数目盛」に変わったかのようだ。
○今まで危機や不況は何度もあった。そのたびに日本経済は工夫してそれを乗り越えて新しく発展してきた。今回もこれまでのように辛抱して頑張れば、やがて明かりが見えてくることに期待できればよいのだが、どうもそういうことはないようだ。いま起こっていることは循環的な変化ではなく構造的なものだ。従来のような循環的な状況の好転は期待できない。構造的な変化、調整には、つねに痛みや摩擦がともなう。この痛み、摩擦は来世紀にかけて長く続くことになる。
○しかし一方で、変化はチャンスである。変化にともなうビジネスチャンスも今後長期間にわたり存在することを忘れてはならない。プラス面とマイナス面、攻める面と守る面の二つの「正面」で、われわれは変化に備える陣を布かねばならない。
II.構造変化の方向性
○大変な時代ではあるが、先行きの方向性が不透明で見えないということはない。むしろ今後の日本経済が進む方向ついての一致した見方(コンセンサス)が定着してきている。すなわち、1)世界経済のグローバル化、ボーダレス化にともない、世界は地球的規模の大競争の時代に突入すること、2)この大競争の時代には、国境を越えた産業の再編成が否応なしに進むこと、3)従来、有形・無形の手段(規制や取引慣行)で自由競争の荒波から保護されていた効率性の低い産業は、規制緩和による市場の自由化、透明化を通じて鍛えられ、淘汰されること、4)経済の新たな発展のためには創造性に富んだ新しい産業が輩出してくる必要があるが、そのためには規制緩和を通じて自由で透明な競争社会の構築が望まれているということ、などである。これについてはコンセンサスが形成されているのではないか。
III.構造調整の諸問題(強者と弱者の二極分化、不平等、摩擦)
○でもこのような変化の時代、転換点においては、社会的、産業的な調整の痛みが発生する。なかでもこの大競争の時代においては、競争への参加者の数が段違いに増えるために、強者にとってはこの上のないチャンスであるが、弱者にとっては非常に惨めなものとなる。先進国の弱小産業や特別な特殊技能を持たない労働者は、発展途上国の競合産業、労賃の安い労働者とスクラッチで勝負しなければならない。中国の旋盤工とインドのプログラマーと同じ土俵で勝負しなければならないのである。社会は、競争に勝ち残る強者と競争に敗れる弱者に二極分化が進むということが予測される。
○現に、いち早く80年代はじめから規制緩和を進めたアメリカにおいて、富裕層においては所得が増加し、貧困層の所得が低下するという二極分化現象が進み、社会問題となっている。欧州においても経済のグローバル化が先進諸国での高い失業率をもたらしたと議論されている。
○そのなかで勝ち残るためには、企業も、国民も、それぞれのレベルで、変化への適応力と競争力の強化が期待される時代になった。天は自ら救うものを救うという自己責任の時代になってきた。はっきりいって嫌な時代である。
○このような社会の構成員どうしの苛烈な競争は、ムラ的な平等社会に慣れ親しんできた日本人にとってなじみのないものである。日本産業の強さの秘密であった「社会的一体感」を壊してしまうかも知れない。当然、いろいろなところで抵抗が発生するので改革は一直線には進まないだろう。三歩前進、二歩後退といったかたちでぎくしゃくしながら、同時に時間をかけながら、進んで行くのだろう。よって「変化の時代」は当分続くのである。
○しかしメガトレンドとしては、日本型システムの良さを残すべく努力は払われるにせよ、やはり日本社会はこのような方向に(普遍的な方向に)進むだろう。アメリカ型と日本型システムは、どちらかといえば現在のアメリカ型に近い位置に収斂することになるのではないか。この方向性には、ほとんど間違いはないだろう。よって当分、日本経済は苦しい調整の時期を経験することになろう。
IV.その中で日本企業はどう動くか(企業経済と国民経済の「ずれ」)
○しかし日本「企業」を考えると必ずしも悲観的に考える必要はない。いまの時代は、一国の経済の盛衰と、その国の企業の盛衰とが、必ずしも100%合致しなくなっているのである。昔は企業は国旗を背負っていたことが多かった。「GMにとってよいことはアメリカにとってよいことだ」といったGM社長が居たり、日本でも商社マンは「お国のために外貨を稼ぐのだ」といって仕事に邁進した。徐々にそういうことはなくなりつつある。もちろん、まだまだ日本経済全体の利害と日本企業の利害がオーバーラップしている部分のほうがはるかに大きい。しかし、いまやそのオーバーラップ関係に微妙な「ずれ」が生じているのである。
○1980年代、「アメリカの企業はアメリカ国籍を捨てたおかげでよみがえった」といわれる。今後多くの有力日本企業が、日本の国籍のしがらみを捨てることで、グローバルに世界企業として発展することになるだろう。すなわち、日本経済全体としては、ここ当分、低迷が続くにせよ、「日本企業」としては、実力さえあれば、グローバル展開を通じてこの大変化の時代をうまく乗り切ることが可能な時代になっているのだ。
○現に、トランスプラントやリストラを通じて日本の輸出型製造業の国際競争力が急速に回復してきているとの報告もある。この場合、回復しているものはグローバルに成長した「日本企業」の競争力であり、日本国内の工場の競争力という意味では必ずしもない。日本経済は低成長が続くにせよ日本企業の成長力はけっこう強いのではないか。
○また産業空洞化とはサービス関係の新しい産業に比重がシフトして行くことを意味するし、高齢化社会を迎え巨額の日本の貯蓄超過を如何に効率的に運用するかが大きな課題となろうし、金融サービスの発展することは確実で、金融サービスが成長すると付随する情報サービスが発展することはシティーの歴史が示しているし、製造業以外の新しいソフト産業が力を付けてくるであろう。
○歴史を紐解くとこのような事例は多々見つけることが出来る。19世紀から20世紀にかけて、自由貿易と巨額の対外投資の流出でイギリス経済はいわゆる「空洞化」を経験するが、イギリス「企業」はグローバルに大きく発展した。先にもいったが1970ー80年代のアメリカ企業はグローバル展開でよみがえった。21世紀にかけて日本経済は成熟期を迎えるが、実力のある「日本企業」はグローバルに、まだまだ右肩上がりの成長を続けると思う。
○今後、「日本国」という経済単位と、グローバル化し本社部分は頭だけになったダウンサイズ化された「バーチャル企業」となった日本企業の利害関係が必ずしも一致しないことが起こる。しかしそれも、「日本国」そのものが徐々に「頭だけを持ち体を持たない」という「バーチャル国家」となるにつれて、企業のインタレストと国益が再び合致するようになるのかも知れない。
V.そのなかでの総合商社の役割
○このような客観情勢の中での総合商社の役割は、どのようなものとなるのであろうか。どうも、このような客観情勢は、総合商社のビジネス環境としては、決して悪いものではないと思う。むしろ総合商社の活動に大きな追い風が吹いているのではないか。
○まずグローバル化によって著しい世界貿易の増加がもたらされている。この数年の世界貿易量の推移をみると、世界の国内生産量を大きく上回る伸びを見せている。経済のグローバル化による当然の結果であり、この傾向は今世紀から来世紀にかけて続くものとみて間違いはないだろう。グローバル化の時代はすなわち貿易の時代なのである。貿易業者にとっては追い風が吹いているのである。
○同時に、グローバル化の時代は地球的規模での産業再編成の時代でもある。最適立地を求めて各国の製造業者は積極的にトランスプラントを実施することになる。そうすると、その部品、製品について、取引関係を新しいかたちで再構築する必要が出てくる。即ち、新しい企業間の取引関係を、一から開発し、さらに安定的なものに育成して行かねばならないというニーズが、世界のあらゆるところで発生するのである。このような安定的な企業間の取引関係の開発と育成(セットアップ)は、その情報機能とあいまって、企業間のマッチメーカーである日本の総合商社の「十八番」藝といえる機能である。総合商社の中核的機能に対して世界的にニーズが高まっているのである。
○このような情勢判断のもとに、わたしは総合商社にとって来世紀まで続く「攻めの時代」が到来したと認識している。変化の時代には「身軽さ」が強みとなる。総合商社は、このグローバル化の時代に主流となっていく、頭だけで体を持たない「バーチャル企業」にきわめて近い存在である。総合商社は、そのアセットと身軽さを生かして、グローバルに「攻める時代」に入ったと思う。
○当然のことであるが、「チャンス」は「リスク」でもある。グローバルな事業運営は、従来と比較にならないほどのリスクを伴うものになりつつある。世界の企業にとって、国際的な、政治・経済・社会関連の情報収集と分析、正確な情勢判断が、今まで以上に重要になってきている。事業の国際展開の水先案内人としての総合商社の役割はますます大きくなってきている。
以上
_______________________
1996年10月1日火曜日
蘇るラテンアメリカ経済と日本
中南米経済が好調である。悪名高かったインフレも落ちつきを見せているし、累積債務問題も一息ついた。80年代からの1人当たりGDPのマイナス成長もプラスに転じた。ずっと続いていた海外への資本流出も終わり、逆に資本が流入するようになった。中南米は、ふたたび「明日の大国」への道を歩みだしたかのようにみえる。背景には、自由化政策と、米国との経済関係の深化がある。自由貿易協定が進み、米国という巨大な市場と、資本と技術へのアクセスが、ぐっと易しくなった。また国内政策が地域協定で縛られることで、これまで外国企業を悩ませてきた朝令暮改的な変動に歯止めがかかったことも大きい。
欧米企業、さらに最近では韓国企業まで、この中南米市場の将来性に着目し、積極的な投資戦略を展開している。しかし日本企業には、まだまだ慎重な姿勢が目立つ。中南米経済の規模はGDPで1.5兆ドルで、日本を除く世界のGDPの7%をしめる。いま注目を集めている東アジアのGDPの合計は1.8兆ドルであり、中南米は東アジアと並ぶ大きな経済地域である。それにもかかわらず日本の貿易総額に占める中南米の比率はわずか4%程度であり、投資残高にしても、金融関連のパナマ、バハマ等を除けば日本の投資残高合計の5%程度にとどまる。
背景には、90年代に進んだ民営化に絡む企業の売却商談に、意思決定に時間がかかる日本企業は迅速・的確に対応できなかったことなどが云われているが、やはり企業風土のギャプは大きい。来年は日本メキシコ移住100周年であり、日本と中南米諸国とは長い交流の歴史がある。それにもかかわらず、まだまだ両者の間には、広くて深い淵がある。
ヘラルド・トリビューンを読んでいると、カラカスで、切り落とした女性の生手首を持って逃げる男を目撃する話が載っていた(IHT、9月18日)。単に指輪を盗むためである。背景には、普通の日本人の理解を超える、固定化され、さらに拡大する貧富の差と、すさまじいまでの人心の荒廃がある。
勿論、中南米の中にも安全な国もある。しかし多くの国では、時計をはめた左手は危ないから運転席の窓から外に出してはならないと教えられる。ちなみに誘拐されそうになった時の車のUターンの方法も教わる。いきなりギアをバックに入れ、ハンドルをいっぱいに切りながら、思いっきりアクセルを踏むのだ。二秒でUターンが完了する。(試す場合は広いところでお願いします)
しかし、こんな恐ろしい話も、米国通と云われる人に話すと「ニューヨークでは別に珍しい話でもなんでもない」とのこと。明らかに社会・文化の面でも、米国は、日本より中南米に近いようだ。なにせ植民地時代からの長くて抜き差しならない関係がある。
日本企業には苦手な、迅速でドライな狩猟型の商慣行も、米国の企業文化である。学生の外国語科目の人気ダントツ一番はスペイン語だ。現在の中南米経済の再生も米国との関係深化のおかげであることは先に述べた。
日本企業でも、北米を拠点にして、現地主導で中南米を攻めるところが出てきている。妥当な判断だろう。蛇の道は蛇という。
(橋本 尚幸)
欧米企業、さらに最近では韓国企業まで、この中南米市場の将来性に着目し、積極的な投資戦略を展開している。しかし日本企業には、まだまだ慎重な姿勢が目立つ。中南米経済の規模はGDPで1.5兆ドルで、日本を除く世界のGDPの7%をしめる。いま注目を集めている東アジアのGDPの合計は1.8兆ドルであり、中南米は東アジアと並ぶ大きな経済地域である。それにもかかわらず日本の貿易総額に占める中南米の比率はわずか4%程度であり、投資残高にしても、金融関連のパナマ、バハマ等を除けば日本の投資残高合計の5%程度にとどまる。
背景には、90年代に進んだ民営化に絡む企業の売却商談に、意思決定に時間がかかる日本企業は迅速・的確に対応できなかったことなどが云われているが、やはり企業風土のギャプは大きい。来年は日本メキシコ移住100周年であり、日本と中南米諸国とは長い交流の歴史がある。それにもかかわらず、まだまだ両者の間には、広くて深い淵がある。
ヘラルド・トリビューンを読んでいると、カラカスで、切り落とした女性の生手首を持って逃げる男を目撃する話が載っていた(IHT、9月18日)。単に指輪を盗むためである。背景には、普通の日本人の理解を超える、固定化され、さらに拡大する貧富の差と、すさまじいまでの人心の荒廃がある。
勿論、中南米の中にも安全な国もある。しかし多くの国では、時計をはめた左手は危ないから運転席の窓から外に出してはならないと教えられる。ちなみに誘拐されそうになった時の車のUターンの方法も教わる。いきなりギアをバックに入れ、ハンドルをいっぱいに切りながら、思いっきりアクセルを踏むのだ。二秒でUターンが完了する。(試す場合は広いところでお願いします)
しかし、こんな恐ろしい話も、米国通と云われる人に話すと「ニューヨークでは別に珍しい話でもなんでもない」とのこと。明らかに社会・文化の面でも、米国は、日本より中南米に近いようだ。なにせ植民地時代からの長くて抜き差しならない関係がある。
日本企業には苦手な、迅速でドライな狩猟型の商慣行も、米国の企業文化である。学生の外国語科目の人気ダントツ一番はスペイン語だ。現在の中南米経済の再生も米国との関係深化のおかげであることは先に述べた。
日本企業でも、北米を拠点にして、現地主導で中南米を攻めるところが出てきている。妥当な判断だろう。蛇の道は蛇という。
(橋本 尚幸)
1996年9月2日月曜日
返還を来年にひかえての香港経済
今度のお正月やすみは、英国統治下の香港を観光する最後の正月となる。来年の7月1日を期して、香港は中国の特別行政区となるからだが、最後の買い物チャンスと思うのか、日本等から香港への観光客が急増している。JTBによると、この夏の香港向け観光客は前年比で2割増とのことだ。しかし中国に返還されても、香港は引き続き高度の自治を有し、その社会制度、経済制度、生活様式を今後50年にわたって維持されることになっている。何もそんなに焦って出かけることもないだろう。
香港の繁栄は中国にとっても非常に重要である。その香港の繁栄は、自由な経済・金融機能が維持されるかどうかにかかっている。これは中国政府も十分に認識しており、だからこそ、香港のステータスは保証すると繰り返し意思表明がなされているのである。本当に大丈夫なのか、不安が残らないわけでもないが、これを云うことは、中国政府の言葉と能力を疑うことにもなり、失礼な話にもなりかねず、信頼する以外ないのである。
昨年、香港の日本商工会議所が実施した調査によると、香港にいる日系企業の85%が今後5年間の香港の事業環境を有望と見ているとのことである。もちろん将来を有望と判断するからこそ企業は香港に残っているわけで、この調査結果はいささか割り引いてみる必要はあるが、それでも大多数の民間ビジネスマンは香港の将来性に、中国政府の政策に信頼を置いていることがはっきりした。
しかし逆に云えば、もし返還後の香港が民間ビジネスマンの期待通りの、自由で繁栄する香港でなくなってしまうならば、期待が高かった分だけ失望感は大きくなってしまうということである。中国に対する民間ビジネスマンの信頼が崩れるということは、香港にとどまらず対中投資全般にも悪影響を与えかねない。中国の経済成長の持続は今後も引き続き外国企業の対中投資が続くかどうかにかかっていることを考えれば、こういった反動はとてもこわい。
どういった場合にビジネスマンが一番失望するかといえば、それは景気が低迷するときである。それがきっかけに企業家の信頼感が悪化し、それがさらに景気を減速させる。香港経済の将来を考える上で、コンフィデンスの問題以上に、香港をめぐる実体経済面での環境変化の動きが重要であろう。
その意味で昨年からの香港経済の減速が気になる。直接の原因となっている民間消費の低迷は、香港返還を前にした消費者の先行き不透明感からくるとの説明がある。そういう理由であれば消費者信頼感さえ回復すれば景気はピックアップすることになるが、よく見てみるとそうでもない。景気の減速は、心理的な要因で起こったものではなく、バブル崩壊以降の逆資産効果、中国経済の減速、香港ドルの実質レートの下落による交易条件の悪化などの具体的な理由に因るものなのである。特に中国本土の景気変動の影響が大きい。
香港と中国の経済の一体化はもう既成の事実である。だから、返還後の香港が繁栄を続けうるかどうかは、香港の問題という以上に、中国経済のパフォーマンス如何ともいえる。中国本土の実体経済の動きに注目したい。
(橋本 尚幸)
香港の繁栄は中国にとっても非常に重要である。その香港の繁栄は、自由な経済・金融機能が維持されるかどうかにかかっている。これは中国政府も十分に認識しており、だからこそ、香港のステータスは保証すると繰り返し意思表明がなされているのである。本当に大丈夫なのか、不安が残らないわけでもないが、これを云うことは、中国政府の言葉と能力を疑うことにもなり、失礼な話にもなりかねず、信頼する以外ないのである。
昨年、香港の日本商工会議所が実施した調査によると、香港にいる日系企業の85%が今後5年間の香港の事業環境を有望と見ているとのことである。もちろん将来を有望と判断するからこそ企業は香港に残っているわけで、この調査結果はいささか割り引いてみる必要はあるが、それでも大多数の民間ビジネスマンは香港の将来性に、中国政府の政策に信頼を置いていることがはっきりした。
しかし逆に云えば、もし返還後の香港が民間ビジネスマンの期待通りの、自由で繁栄する香港でなくなってしまうならば、期待が高かった分だけ失望感は大きくなってしまうということである。中国に対する民間ビジネスマンの信頼が崩れるということは、香港にとどまらず対中投資全般にも悪影響を与えかねない。中国の経済成長の持続は今後も引き続き外国企業の対中投資が続くかどうかにかかっていることを考えれば、こういった反動はとてもこわい。
どういった場合にビジネスマンが一番失望するかといえば、それは景気が低迷するときである。それがきっかけに企業家の信頼感が悪化し、それがさらに景気を減速させる。香港経済の将来を考える上で、コンフィデンスの問題以上に、香港をめぐる実体経済面での環境変化の動きが重要であろう。
その意味で昨年からの香港経済の減速が気になる。直接の原因となっている民間消費の低迷は、香港返還を前にした消費者の先行き不透明感からくるとの説明がある。そういう理由であれば消費者信頼感さえ回復すれば景気はピックアップすることになるが、よく見てみるとそうでもない。景気の減速は、心理的な要因で起こったものではなく、バブル崩壊以降の逆資産効果、中国経済の減速、香港ドルの実質レートの下落による交易条件の悪化などの具体的な理由に因るものなのである。特に中国本土の景気変動の影響が大きい。
香港と中国の経済の一体化はもう既成の事実である。だから、返還後の香港が繁栄を続けうるかどうかは、香港の問題という以上に、中国経済のパフォーマンス如何ともいえる。中国本土の実体経済の動きに注目したい。
(橋本 尚幸)
1996年8月1日木曜日
アジア経済の持続的成長の条件
アジアの経済成長をリードしてきた輸出の勢いに最近かげりがみられる。中国の上半期の輸出が大きく減少したのをはじめ、韓国・台湾・タイの輸出が伸びを鈍化させている。背景には、最近の円安・ドル高とアジア各国の国内コストの上昇などで、アジア諸国の対日輸出競争力にかげりが出てきたこと、中国の増値税還付問題などがあるが、なんといっても大きいのは、世界的なハイテク産業の生産調整が、域内経済の垂直的統合メカニズムを通じて、アジア各国の輸出に「芋づる式」に悪影響をもたらしていることである。アジア経済の強みのひとつであった域内経済の相互依存度の高さが裏目に出たかたちとなった。
もう二年前になるが、アジア経済の将来性については楽観的な見方が一般的であったなかで、ポール・クルーグマンという経済学者がそれに水をぶっかけた。アジア各国のGDPを労働投入量と資本投入量の二つで要因分解すると、この二つの要因だけでアジア経済の成長は統計的に説明できてしまうといったのである。先進工業国経済では、この二つの要因では説明しきれない部分(残余、全要素生産性)が残るのが普通であり、これは技術進歩に起因するものと考えられている。アジア経済にはこれが存在しないということは、技術進歩が経済発展に貢献するメカニズがないということであり、これはかつてのソ連経済にもみられた現象で、アジア経済の奇跡の成長もやがては限界に突き当たらざるを得ないとの論旨であった。
興味深い分析であったが、アジア各国はこれに強く反発した。曰く、アジアには、かつてのソ連と違って市場メカニズムがちゃんと機能している、外国からの直接投資の受け入れを通じて、機械に一体化された技術の移転がある、アジアのことは欧米人にはわからない等々、やや感情的な反論もあった。
たしかに最近のアジアの諸国には自信がみなぎっている。「もう欧米のお説教は聞きたくない」との声すら聞こえる。このクルーグマンの回帰分析についても、分析手法が普通の人には理解しにくいものであっただけに、結論部分だけをとり上げて議論がなされた。今となっては、これでよかったのかと疑問が残る。われわれに必要だったのはもう少し謙虚にアジア経済の限界、ボトルネックの存在を自覚し、その持続的発展の為にやらねばならぬことを考えることではなかったか。アジア経済のボトルネック要因としては、電力、港湾、輸送などのインフラ問題があることが広く認識されている。本来インフラの整備は各国政府の仕事である。しかし種々の事情があり、最近は「民活インフラ」と称して外国企業にまる投げするケースも増えてきている。
しかし、もっと重要で整備が必要とされるインフラに、社会の制度・システムがある。経済成長は、ある意味では社会的均衡を崩す現象である。その過程で生じてくる無数の摩擦やトラブルに妥当な解を見いだすシステムが、自由市場経済、公正で透明な行政、それに民主主義システムにほかならない。民主主義は経済成長の「条件」なのである。このインフラの建設ばかりは、「まる投げ民活」ではできない。自分でやらねばならない。
(橋本 尚幸)
もう二年前になるが、アジア経済の将来性については楽観的な見方が一般的であったなかで、ポール・クルーグマンという経済学者がそれに水をぶっかけた。アジア各国のGDPを労働投入量と資本投入量の二つで要因分解すると、この二つの要因だけでアジア経済の成長は統計的に説明できてしまうといったのである。先進工業国経済では、この二つの要因では説明しきれない部分(残余、全要素生産性)が残るのが普通であり、これは技術進歩に起因するものと考えられている。アジア経済にはこれが存在しないということは、技術進歩が経済発展に貢献するメカニズがないということであり、これはかつてのソ連経済にもみられた現象で、アジア経済の奇跡の成長もやがては限界に突き当たらざるを得ないとの論旨であった。
興味深い分析であったが、アジア各国はこれに強く反発した。曰く、アジアには、かつてのソ連と違って市場メカニズムがちゃんと機能している、外国からの直接投資の受け入れを通じて、機械に一体化された技術の移転がある、アジアのことは欧米人にはわからない等々、やや感情的な反論もあった。
たしかに最近のアジアの諸国には自信がみなぎっている。「もう欧米のお説教は聞きたくない」との声すら聞こえる。このクルーグマンの回帰分析についても、分析手法が普通の人には理解しにくいものであっただけに、結論部分だけをとり上げて議論がなされた。今となっては、これでよかったのかと疑問が残る。われわれに必要だったのはもう少し謙虚にアジア経済の限界、ボトルネックの存在を自覚し、その持続的発展の為にやらねばならぬことを考えることではなかったか。アジア経済のボトルネック要因としては、電力、港湾、輸送などのインフラ問題があることが広く認識されている。本来インフラの整備は各国政府の仕事である。しかし種々の事情があり、最近は「民活インフラ」と称して外国企業にまる投げするケースも増えてきている。
しかし、もっと重要で整備が必要とされるインフラに、社会の制度・システムがある。経済成長は、ある意味では社会的均衡を崩す現象である。その過程で生じてくる無数の摩擦やトラブルに妥当な解を見いだすシステムが、自由市場経済、公正で透明な行政、それに民主主義システムにほかならない。民主主義は経済成長の「条件」なのである。このインフラの建設ばかりは、「まる投げ民活」ではできない。自分でやらねばならない。
(橋本 尚幸)
1996年7月9日火曜日
日本企業の過去の巨額損失事件について
1996.7.9
| 過去の企業の巨額損失事件に関し、事件の概要及び事件発生後に各社で講じられた対策・措置について整理してみると、不祥事の内容・規模については、それぞれに違いはあるものの、その基本的な性格においては、すべてのケースに多くの共通項が見いだせるように思います。 (事件発生の背景) まず共通していえることは、これらの事件の背景に「コモンセンスの不在」があったという点です。社内のある特定部門や個人に権限が集中していたこと、その「専門家」の判断に対する別の視点からの批判を許さない雰囲気があったこと、ある種の「聖域」が会社のなかで形成されていたことが共通してみられます。専門家の判断/別の視点からの異論/二つを勘案した上での経営判断という、風通しがよい意思決定の方法が、すなわちコモンセンスを生かす経営が望まれているように思います。 次に挙げられる特徴は、ファイアーウオール(防火壁)が欠如していたという点です。ルール違反はもちろんあってはならないことですが、たったひとつのルール違反が、部門間、業務間のファイアーウオールが機能していなかったために、会社全体の屋台骨を揺るがすようなことにつながっています。特に総合商社のような業務内容が広範に広がりがある会社組織においては、ひとつの部門での判断間違いやチョンボが、絶対に会社全体の命運を左右させないように、有効なファイアーウオールを社内に構築することが喫緊の課題になっているように思います。 (事件発生後の対策) さて事件発生後の対策・措置についてでありますが、各社のとった措置は、大きく三つに分類できます。すなわち、1)ダメージの修復策、2)同様の事件の再発防止策としてのチェック機能の整備、3)「けじめ」の儀式、の三つであります。もちろん、とられた措置については複数の分類にまたがるものもありますが、以下、順に整理してみたいと思います。 1)ダメージの修復策 発生した損失は、何らかの方法で穴埋めしなければならず、その負担分を今後のオペレーションのなかで取り戻して行くために、不採算部門の縮小・切り捨てや、従業員数の削減などの固定費の削減策(リストラ)がとられています。 ネットワースの何分の一かに相当する巨額の損失が発生した以上、企業戦略を立てる上でのリスク許容度が小さくなるわけで、ある程度の経営姿勢の保守化がみられることはやむを得ないところです。しかし、この場合でも、企業にとっての「コア機能」の弱体化につながるような消極策は、企業の長期的発展力を抑制することになり避けるべきであります。何が当該企業にとっての「コア機能」で何がそうでないか、そのへんを日頃から議論してよく詰めておく必要があるように思います。 2)再発防止策、チェック機能の整備について 再発防止策、社内のチェック機能を強化策については、各社ともにいろいろの工夫をしています。事故を起こさない、かりに事故が起こっても損失の広がりを一定の範囲に留めるという「平面的な」ファイアーウオールに加えて、一部の会社では損失・リスクを先延ばしさせないための「時間的な」ファイアーウオールが工夫されており、注目されます。 ただ、為替や商品の先物取引についての損失繰り越し防止策に加えて、BOT/BOO方式の契約が一般化するなかで、長期化するカントリーリスクへの「時間的ファイアーウオール」も大きな課題であると思います。(機材の輸出船積み時点で一挙に巨額の売上と利益は計上されるのですが、契約リスクは数十年先にわたり延々と残る。)このような取引がどんどん増えている総合商社にとっては、どんなファイアーウオールを会社組織に制度的にビルトインできるかが、大きな検討課題です。 3)「けじめ」について 一従業員としては議論を避けたいテーマでありますが、当然のこととして責任問題にケリをつけることは大切であり、各社ともきびしい処分を発表しています。 これは「規則に照らし合わせて」とかいう以前に、もっと重要な点でありますが、連日連夜、さまざまな苦労をしながら、こつこつと利益を追求している(関係会社の従業員も含めた)社員全員の納得を得るための、すなわち従業員のモラルの維持のために必要な「儀式」としての性格もあるようです。 「けじめ」の対象は「個人」の場合と「組織」の場合がありますが、部門の整理統合、縮小、閉鎖と言ったリストラ措置は「組織」を対象とした「けじめ」とも考えられます。 (結論的に) 巨額損失事件とは、ある特定部門の取引に包含されるリスクが、ある特定の部門の体力を超えて大きくなっていることに気がつかず、突然に損失が表面化する事で生じる問題と考えることが出来ます。 それに対する根本的な対策は、各営業本部の負担できるリスク総額の上限が物理的に設定されて、それが貫徹される組織・制度の導入であり、究極的には分社化(持株会社化)ではないでしょうか。 もちろん、会社として、場合によっては、特定のビジネスについて部門の体力を超えたリスクをとるとの経営判断がありうることは当然でありますが、分社化していても本社の保証でそれは可能であり、それでリスクがより透明化されることにもなります。 含み資産と株主資本を、各事業部門が「大鍋のめし」のように野放図に当てできるという経営は透明性に欠けます。 巨額損失を出した英国名門企業ベアリング社を、バンク・オブ・イングランドは公的資金で救済することなく、あえて倒産させました。どんなチョンボをしても組織は大丈夫というのではなく、ひとつ間違うと部門の存続が危うくなるとの認識と実態こそが、本当にビルトインされたチェック機能・ファイアーウオールであると思います。
以上
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1996年7月1日月曜日
グローバル化「問題」の克服に向けて
世界経済のグローバル化は多くの恩恵をもたらすと同時に、様々な問題もわれわれに突きつけている。これはすぐれて今日的問題であり、これをリヨン・サミットの主要テーマに設定したフランスのシラク大統領の見識はさすがであった。もとより議論して簡単に結論のでる問題ではなく、今回のサミットでは問題の存在の確認にとどまった。しかしこの問題は確実に今後の世界の中長期的な課題となっていくように思う。
ものには全て両面がある。グローバル化は大きな成長のチャンスである。しかしそれが引き起こす世界規模の競争激化が、勝者と敗者を作りだし、国際的、国内的に、いわゆる二極化現象を引き起こしているのである。
アメリカでは富裕層の実質所得が一貫して増大するなかで、貧困層では実質所得が逆に低下を続けるという二極分化が進んでいる。
ヨーロッパでは国内勤労者の生活水準を守るべく社会福祉制度を整備してきたが、それが逆にヨーロッパの失業率を極端に高めてしまった。
日本では悪名高き閉鎖的で不透明な経済システムが、内外価格差を温存させ、産業構造の調整を先のばしにしてきたが、痛みが本格的に表面化するのはもう時間の問題であろう。日本の産業競争力の強さの秘密は、ムラ的な社会的一体感にあったわけで、もしグローバル化が社会の二極分化をもたらせば、日本の産業競争力を、その根本的なところから崩してしまうことにもなりかねない。
アジアにおいても例外ではない。急速に進むグローバル化と経済発展が、伝統的な社会秩序そのものを崩壊させるのではないかとの心配が高まってきている。
さらに経済発展を続ける新興工業国と開発から完全に取り残されてしまった最貧国との間の格差という国際間二極分化の問題も生じている。世界中に、将来に対する漠然とした不安が広がってきているのだ。
一部の先進諸国には、発展途上国と先進諸国の間で労働条件などを平準化して(例えば児童労働の禁止など)、途上国の野放図な輸出に歯止めをかけ、先進国での調整の痛みをやわらげようとする考え方がある。
それに対しては、地域間の経済的、制度的「格差」こそが貿易活動と海外投資活動の原動力であり、グローバル化のデメリットはグローバル化のメリットを追究する過程で、いわば拡大均衡のなかで吸収していくべきであるとする考え方もある。
ひとつ言えることは、グローバル化のメリットとデメリットの両側面を認識し、バランスシートで考えなければならないと言うことだろう。その上でデメリットをいかに極小化するか、具体的に個別問題を検討することが重要になっている。
このようなグローバル化のメリット・デメリットの両面を企業レベルで考えるとどうであろうか。国家とは異なり、企業は地理的な制約を受けない。世界展開を実現している企業では従業員の国籍もきわめて多様である。企業は本質的にコスモポリタンであり、企業にとってはグローバル化はメリット以外のなにものでもないように見える。
グローバル化で企業のビジネスの舞台が大きく拡大し、情報ハイテク化で飛躍的な意志決定のスピードアップがもたらされ、チャンスは大きく膨らんでいる。その一方で、グローバル化されたビジネスは、カントリーリスクをはじめとする、かつてないほどに多様で巨大なリスクを包含するようになっていることも忘れてはならないだろう。チャンスとリスクのバランスシートで考えるリスクマネジメントが大切な時代になっている。
(橋本 尚幸)
ものには全て両面がある。グローバル化は大きな成長のチャンスである。しかしそれが引き起こす世界規模の競争激化が、勝者と敗者を作りだし、国際的、国内的に、いわゆる二極化現象を引き起こしているのである。
アメリカでは富裕層の実質所得が一貫して増大するなかで、貧困層では実質所得が逆に低下を続けるという二極分化が進んでいる。
ヨーロッパでは国内勤労者の生活水準を守るべく社会福祉制度を整備してきたが、それが逆にヨーロッパの失業率を極端に高めてしまった。
日本では悪名高き閉鎖的で不透明な経済システムが、内外価格差を温存させ、産業構造の調整を先のばしにしてきたが、痛みが本格的に表面化するのはもう時間の問題であろう。日本の産業競争力の強さの秘密は、ムラ的な社会的一体感にあったわけで、もしグローバル化が社会の二極分化をもたらせば、日本の産業競争力を、その根本的なところから崩してしまうことにもなりかねない。
アジアにおいても例外ではない。急速に進むグローバル化と経済発展が、伝統的な社会秩序そのものを崩壊させるのではないかとの心配が高まってきている。
さらに経済発展を続ける新興工業国と開発から完全に取り残されてしまった最貧国との間の格差という国際間二極分化の問題も生じている。世界中に、将来に対する漠然とした不安が広がってきているのだ。
一部の先進諸国には、発展途上国と先進諸国の間で労働条件などを平準化して(例えば児童労働の禁止など)、途上国の野放図な輸出に歯止めをかけ、先進国での調整の痛みをやわらげようとする考え方がある。
それに対しては、地域間の経済的、制度的「格差」こそが貿易活動と海外投資活動の原動力であり、グローバル化のデメリットはグローバル化のメリットを追究する過程で、いわば拡大均衡のなかで吸収していくべきであるとする考え方もある。
ひとつ言えることは、グローバル化のメリットとデメリットの両側面を認識し、バランスシートで考えなければならないと言うことだろう。その上でデメリットをいかに極小化するか、具体的に個別問題を検討することが重要になっている。
このようなグローバル化のメリット・デメリットの両面を企業レベルで考えるとどうであろうか。国家とは異なり、企業は地理的な制約を受けない。世界展開を実現している企業では従業員の国籍もきわめて多様である。企業は本質的にコスモポリタンであり、企業にとってはグローバル化はメリット以外のなにものでもないように見える。
グローバル化で企業のビジネスの舞台が大きく拡大し、情報ハイテク化で飛躍的な意志決定のスピードアップがもたらされ、チャンスは大きく膨らんでいる。その一方で、グローバル化されたビジネスは、カントリーリスクをはじめとする、かつてないほどに多様で巨大なリスクを包含するようになっていることも忘れてはならないだろう。チャンスとリスクのバランスシートで考えるリスクマネジメントが大切な時代になっている。
(橋本 尚幸)
1996年6月3日月曜日
日本型経済システムの源流に戻って考える
現代日本の経済システムの是非が、これほどまでに問い直されたことは、いままでになかったように思う。日本人は自信を失い、将来に確信をもてず、考え迷っているように見える。
先が見えない不透明な時代であればこそ、まずその原点に帰って、おのれのルーツを確かめてみよう。行き詰まりを見せているような、この日本型と言われている経済システムの、そもそもの起源は何処にあったのか。
意外なことに、現代日本の経済システムの起源はどうも「満州国」にあったらしい。元はと言えば、かの関東軍主任参謀の石原莞爾である。彼は自分の総力戦体制構想の実現のためには産業の育成が喫緊の課題と考え、当時めざましい経済躍進を続けていたソ連システムに倣って、満鉄の調査部に計画経済システムを立案させたのであった(小林英夫『「日本株式会社」を創った男』)。こうして立案された生産力拡充計画は、やがて商工省の辣腕官僚、岸信介によって満州国で現実のものとなる。さらに岸は、そのシステムを日本本土にまで移植する。
それまでの明治大正期の日本の経済システムは、どちらかといえば現在のアングロサクソン型に近い自由主義、市場経済システムであった(岡崎哲二『現代日本経済システムの源流』)。戦争目的のために強引になされた一種の社会主義的な改革は、敗戦直後の混乱のなかで、農地解放と財閥解体というさらにドラスティックな措置で総仕上げがなされることになる。こうして戦後の日本型経済システムの基本的な性格が確立されていくのである。
このあたりの経緯を調べていくと興味は尽きないが、一国の経済システムのラディカルな変更とは、並大抵のことではないことがよくわかる。既得権益の抵抗はきわめて強いのである。戦争という非常事態と独裁的な軍部の強権ではじめて可能になったわけだが、それでも当時の商工次官であった岸信介は当時の商工大臣小林一三から「アカ」呼ばわりされて一時は更迭されたほどであった。
経済システムとは無数の多くの制度の歴史的な累積であり、一つの制度は必ず他の制度を前提として成り立っている(制度補完性と呼ばれる)。よって部分的にひとつの制度に手を加えてもシステム全体には、あたかも怪我をした人間の体のように元の状態に戻そうとする強い復元力が働くのである(システム慣性という)。
日本型システムの改革が必要なことは論を待たない。しかし、このような制度間どうしの補完性を考慮に入れる場合、経済システムの改革は「ビッグ・バン」ではなく、時間をかけて徐々にシステムを変形させて行くやり方しかないように思う。特定の方向に常に一定の力を継続的に加えることで、システムを構成する無数の制度をそれぞれに少しずつ変形させてゆくことができる。人間の体でいえば歯列矯正のやり方である。
日本は米国に比べ大きく立ち遅れてしまった、そんな悠長なことでは間に合わないとの意見もある。しかし、立ち遅れのキャッチアップなら日本の最も得意とするところではなかったのか。いまの問題は、システムの是非というよりは、システムの目標設定ができず、そのため産業の潜在力が十分に発揮できないことにあるように思う。大きなビジョンの提示が、政治のリーダーシップが望まれている。
(橋本 尚幸)
先が見えない不透明な時代であればこそ、まずその原点に帰って、おのれのルーツを確かめてみよう。行き詰まりを見せているような、この日本型と言われている経済システムの、そもそもの起源は何処にあったのか。
意外なことに、現代日本の経済システムの起源はどうも「満州国」にあったらしい。元はと言えば、かの関東軍主任参謀の石原莞爾である。彼は自分の総力戦体制構想の実現のためには産業の育成が喫緊の課題と考え、当時めざましい経済躍進を続けていたソ連システムに倣って、満鉄の調査部に計画経済システムを立案させたのであった(小林英夫『「日本株式会社」を創った男』)。こうして立案された生産力拡充計画は、やがて商工省の辣腕官僚、岸信介によって満州国で現実のものとなる。さらに岸は、そのシステムを日本本土にまで移植する。
それまでの明治大正期の日本の経済システムは、どちらかといえば現在のアングロサクソン型に近い自由主義、市場経済システムであった(岡崎哲二『現代日本経済システムの源流』)。戦争目的のために強引になされた一種の社会主義的な改革は、敗戦直後の混乱のなかで、農地解放と財閥解体というさらにドラスティックな措置で総仕上げがなされることになる。こうして戦後の日本型経済システムの基本的な性格が確立されていくのである。
このあたりの経緯を調べていくと興味は尽きないが、一国の経済システムのラディカルな変更とは、並大抵のことではないことがよくわかる。既得権益の抵抗はきわめて強いのである。戦争という非常事態と独裁的な軍部の強権ではじめて可能になったわけだが、それでも当時の商工次官であった岸信介は当時の商工大臣小林一三から「アカ」呼ばわりされて一時は更迭されたほどであった。
経済システムとは無数の多くの制度の歴史的な累積であり、一つの制度は必ず他の制度を前提として成り立っている(制度補完性と呼ばれる)。よって部分的にひとつの制度に手を加えてもシステム全体には、あたかも怪我をした人間の体のように元の状態に戻そうとする強い復元力が働くのである(システム慣性という)。
日本型システムの改革が必要なことは論を待たない。しかし、このような制度間どうしの補完性を考慮に入れる場合、経済システムの改革は「ビッグ・バン」ではなく、時間をかけて徐々にシステムを変形させて行くやり方しかないように思う。特定の方向に常に一定の力を継続的に加えることで、システムを構成する無数の制度をそれぞれに少しずつ変形させてゆくことができる。人間の体でいえば歯列矯正のやり方である。
日本は米国に比べ大きく立ち遅れてしまった、そんな悠長なことでは間に合わないとの意見もある。しかし、立ち遅れのキャッチアップなら日本の最も得意とするところではなかったのか。いまの問題は、システムの是非というよりは、システムの目標設定ができず、そのため産業の潜在力が十分に発揮できないことにあるように思う。大きなビジョンの提示が、政治のリーダーシップが望まれている。
(橋本 尚幸)
1996年5月2日木曜日
商社と情報と調査部の役割
今月からこの巻頭コラムを担当することになった。第一回目にあたり、商社の情報機能と調査部の役割について考えてみたい。
企業が製造し販売する商品・サービスについては、プロダクト・ライフ・サイクルがあることがよく知られている。どんな商品でも成熟し、やがては衰退する。だから企業は継続的に新商品を開発し、決して十年一日、同じものを売り続けることはない。一方で、これだけは絶対手放さないというその企業にとってのコア商品もある。
商社についてはどうだろうか。商社の「商品」とは、この場合、その取扱商品ではなく、顧客(取引先)に提供するサービス、商社機能と考えると、やはりこれについてもプロダクト・ライフ・サイクルがあることがわかる。戦前、戦後の歴史のなかで商社はそれぞれの時代のニーズに応じて常に新しい機能を開発し、また機能の高度化を図り、数々の危機を乗り越え発展してきた。こうした機能の積み重ねが今日の商社のサービスの多様性(プロダクト・ミックス)に他ならない。
その多様なサービスのなかで、廃ることなく一貫して重視されてきたものがある。それは「情報」である。情報は商社活動の原点であり商社機能のコア部分を占めるとさえいえる。古来、商人はつねに情報と文化の伝搬者であった。
しかし、現代は情報氾濫の時代にである。インターネットなどを通じてきわめて多量の情報がふんだんに流通する。この様な情報インフレのなかで、総合商社の情報機能をいかに差別化し、取引先に評価してもらうか、これはすべての商社マンが等しく感じている問題意識ではないか。
一つの差別化の方向は「足で稼ぐ情報」への特化である。情報が氾濫し、誰もがどんな情報も簡単に入手できる時代であるからこそ、足で歩いて人に会い、フェイス・ツー・フェイス話して手に入れた情報の価値が高まるのである。このような足で稼ぐ情報活動はわれわれ商社マンが最も得意とする分野であり、今後ともこの種の情報活動にわれわれの生きる道があるように思える。
ただここで忘れてはならないことは、「足で稼ぐ情報」は、基礎的な文献情報をきっちり押さえてはじめて生きてくるということであろう。次のような話がある。
戦前の日本で活躍したソ連のスパイでゾルゲという人物がいた。「歴史を変えたスパイ」とまで称されて、その情報力に高い評価を受けている諜報員であるが、逮捕されてから法廷で一貫して無実を主張した。自分が入手した情報はすべて公開情報であるというのがその理由であった。実際、ゾルゲはその諜報活動のほとんどを公開されている文献情報に頼ったことが明らかになっている。九割九分まで公開情報で押さえ、最後の最後のところだけを足で確かめた。
足腰の強い一騎当千の商社マンが無数にいる商社にあればこそ、それを補完する地道な公開情報の収集と分析活動が重要になる。ビジネスとアカデミズムを結び、舵手や漕ぎ手から声の届く距離にいて、まわりの状況をわかりやすく皆に伝える檣頭(マストヘッド)クルーの役割を、調査部は果たして行きたいと思う。
(橋本)
企業が製造し販売する商品・サービスについては、プロダクト・ライフ・サイクルがあることがよく知られている。どんな商品でも成熟し、やがては衰退する。だから企業は継続的に新商品を開発し、決して十年一日、同じものを売り続けることはない。一方で、これだけは絶対手放さないというその企業にとってのコア商品もある。
商社についてはどうだろうか。商社の「商品」とは、この場合、その取扱商品ではなく、顧客(取引先)に提供するサービス、商社機能と考えると、やはりこれについてもプロダクト・ライフ・サイクルがあることがわかる。戦前、戦後の歴史のなかで商社はそれぞれの時代のニーズに応じて常に新しい機能を開発し、また機能の高度化を図り、数々の危機を乗り越え発展してきた。こうした機能の積み重ねが今日の商社のサービスの多様性(プロダクト・ミックス)に他ならない。
その多様なサービスのなかで、廃ることなく一貫して重視されてきたものがある。それは「情報」である。情報は商社活動の原点であり商社機能のコア部分を占めるとさえいえる。古来、商人はつねに情報と文化の伝搬者であった。
しかし、現代は情報氾濫の時代にである。インターネットなどを通じてきわめて多量の情報がふんだんに流通する。この様な情報インフレのなかで、総合商社の情報機能をいかに差別化し、取引先に評価してもらうか、これはすべての商社マンが等しく感じている問題意識ではないか。
一つの差別化の方向は「足で稼ぐ情報」への特化である。情報が氾濫し、誰もがどんな情報も簡単に入手できる時代であるからこそ、足で歩いて人に会い、フェイス・ツー・フェイス話して手に入れた情報の価値が高まるのである。このような足で稼ぐ情報活動はわれわれ商社マンが最も得意とする分野であり、今後ともこの種の情報活動にわれわれの生きる道があるように思える。
ただここで忘れてはならないことは、「足で稼ぐ情報」は、基礎的な文献情報をきっちり押さえてはじめて生きてくるということであろう。次のような話がある。
戦前の日本で活躍したソ連のスパイでゾルゲという人物がいた。「歴史を変えたスパイ」とまで称されて、その情報力に高い評価を受けている諜報員であるが、逮捕されてから法廷で一貫して無実を主張した。自分が入手した情報はすべて公開情報であるというのがその理由であった。実際、ゾルゲはその諜報活動のほとんどを公開されている文献情報に頼ったことが明らかになっている。九割九分まで公開情報で押さえ、最後の最後のところだけを足で確かめた。
足腰の強い一騎当千の商社マンが無数にいる商社にあればこそ、それを補完する地道な公開情報の収集と分析活動が重要になる。ビジネスとアカデミズムを結び、舵手や漕ぎ手から声の届く距離にいて、まわりの状況をわかりやすく皆に伝える檣頭(マストヘッド)クルーの役割を、調査部は果たして行きたいと思う。
(橋本)
1996年3月1日金曜日
書評 『日本株式会社を創った男 宮崎正義の生涯』
1996/3
(財)海外投融資情報財団「海外投融資」1996/3号掲載
日本株式会社を創った男
ー宮崎正義の生涯ー
発行日 1995/2 (254頁)
価格 2,300円 本体2,233円
著者 駒沢大学教授 小林英夫 こばやし・ひでお
発行所 小学館
先が見えにくい不透明な時代には、おぼつかない足下をかためる意味でも、おのれのルーツを確かめたくなるものだ。行き詰まりを見せているかのような、この日本型といわれる経済システムの、そもそもの起源はいったいどのようなものであったのか。
著者は、現代日本経済システムの源流は昭和一〇年代に遡ると考える研究者グループにする歴史家である。このいわゆる四〇年体制論についてはすでに多くの分析が書かれている。でも具体的に誰が、どこで、このシステムを考えだし、創り上げたのか。それについてはまだあまり知られていなかったように思う。
その起源は満洲国にあり、このシステムを考え出したしたのは、宮崎正義という人物であったという。本書は、今日までほとんど知られることのなかったこの宮崎正義という人間に焦点をあてて、彼の生涯と日本型経済システムの形成における彼の果たした役割と意味を、豊富なデーターをもとに明らかにしたものである。
宮崎正義とは満鉄の調査部員である。金沢の貧しい氏族の三男として生まれるが石川県の官費留学生としてペテルスブルグ大学に学ぶ。その時ロシア革命を目のあたりにする経験もした。帰国後、満鉄に入社し調査部でソ連情勢を一貫して研究し、計画統制経済の分野で第一人者となるのである。
当時のソ連は計画経済のもとに脅威的なスピードで国力の増強を押し進めていた。関東軍で指導的立場にあった石原莞爾は、当面はソ連の脅威に備える意味で、また長期的には彼の仮説である世界最終戦争に備えるために、経済力の充実が急務と考える。しかし経済のことは軍人である石原には手が出せない。統制経済に詳しい宮崎を経済政策ブレーンにむかえて官僚主導型の経済統制システム立案させるのである。
�このようにして立案された統制経済システムは満洲国でまず具体化されるが、やがて日・満経済をグローバルに包含するシステムに拡大される。さらに、この統制システム実施を強力に推進した岸信介、椎名悦三郎植村甲午郎などの人物が戦後も継続して日本�経済における影響力を維持したことにより、ステムは敗戦後も生き残り、今日の日本型システムへと成長してゆくのである。本書では、この過程が綿密に具体的に明らかにされる。自由経済主義者で財界出身の政治家小林一三が、計画経済論者で官僚の岸信介をするくだりなど、戦後、岸信介が保守反動の代名詞とされたこともあっただけにまことに面白い。
日本型経済システムは、いま節目の時を迎えている。改革に頑固に抵抗するこの頑強そのもののように見えるシステムも、実はひとりの人間の立案によるものだったと云う事実に、今さらながら驚かされるのである。
宮崎は当時においてもっとも勢いのあったソ連経済からその長所を学び、当時においては革新的といえる斬新な_日本型システムを創案した。グローバル化が進み自由競争型経済の強さが顕著に目立つ現代において、彼がもし生きて居れば、どんな新システムを立案をするのであろうか。
(財)海外投融資情報財団「海外投融資」1996/3号掲載
日本株式会社を創った男
ー宮崎正義の生涯ー
発行日 1995/2 (254頁)
価格 2,300円 本体2,233円
著者 駒沢大学教授 小林英夫 こばやし・ひでお
発行所 小学館
先が見えにくい不透明な時代には、おぼつかない足下をかためる意味でも、おのれのルーツを確かめたくなるものだ。行き詰まりを見せているかのような、この日本型といわれる経済システムの、そもそもの起源はいったいどのようなものであったのか。
著者は、現代日本経済システムの源流は昭和一〇年代に遡ると考える研究者グループにする歴史家である。このいわゆる四〇年体制論についてはすでに多くの分析が書かれている。でも具体的に誰が、どこで、このシステムを考えだし、創り上げたのか。それについてはまだあまり知られていなかったように思う。
その起源は満洲国にあり、このシステムを考え出したしたのは、宮崎正義という人物であったという。本書は、今日までほとんど知られることのなかったこの宮崎正義という人間に焦点をあてて、彼の生涯と日本型経済システムの形成における彼の果たした役割と意味を、豊富なデーターをもとに明らかにしたものである。
宮崎正義とは満鉄の調査部員である。金沢の貧しい氏族の三男として生まれるが石川県の官費留学生としてペテルスブルグ大学に学ぶ。その時ロシア革命を目のあたりにする経験もした。帰国後、満鉄に入社し調査部でソ連情勢を一貫して研究し、計画統制経済の分野で第一人者となるのである。
当時のソ連は計画経済のもとに脅威的なスピードで国力の増強を押し進めていた。関東軍で指導的立場にあった石原莞爾は、当面はソ連の脅威に備える意味で、また長期的には彼の仮説である世界最終戦争に備えるために、経済力の充実が急務と考える。しかし経済のことは軍人である石原には手が出せない。統制経済に詳しい宮崎を経済政策ブレーンにむかえて官僚主導型の経済統制システム立案させるのである。
�このようにして立案された統制経済システムは満洲国でまず具体化されるが、やがて日・満経済をグローバルに包含するシステムに拡大される。さらに、この統制システム実施を強力に推進した岸信介、椎名悦三郎植村甲午郎などの人物が戦後も継続して日本�経済における影響力を維持したことにより、ステムは敗戦後も生き残り、今日の日本型システムへと成長してゆくのである。本書では、この過程が綿密に具体的に明らかにされる。自由経済主義者で財界出身の政治家小林一三が、計画経済論者で官僚の岸信介をするくだりなど、戦後、岸信介が保守反動の代名詞とされたこともあっただけにまことに面白い。
日本型経済システムは、いま節目の時を迎えている。改革に頑固に抵抗するこの頑強そのもののように見えるシステムも、実はひとりの人間の立案によるものだったと云う事実に、今さらながら驚かされるのである。
宮崎は当時においてもっとも勢いのあったソ連経済からその長所を学び、当時においては革新的といえる斬新な_日本型システムを創案した。グローバル化が進み自由競争型経済の強さが顕著に目立つ現代において、彼がもし生きて居れば、どんな新システムを立案をするのであろうか。
1995年5月12日金曜日
『21世紀型グローバル価値創造企業になるために』
1995.5.12
社団法人「企業研究会」はその創立45周年を記念して掲題の報告書をまとめた。その内容はいろいろな意味で興味深い。まず報告書は「我々の思考方法は制度に影響される。制度を作ったのは我々なのであるが、そのうちに我々のほうが我々が作った制度によって規定されてしまう」と訴える。この言葉は含蓄が深い。
我々を縛っている制度とは何かというと、経済がいつも必ず成長を続けるという「右肩上がりの成長を前提として出来た企業システムである」という。分かりやすく言い換えれば、今までの企業経営はいわば何でも間でも間口を広げておくと儲かった。株式投資でいえば、全銘柄を総当たりで買っておく「ダウ平均買い」に似ていたといえる。経済成長に応じて時価総額が上昇するかぎり必ず利益が出たわけである。
しかし今後のビジネスにおいては経済の右肩上がりは「もはや期待できない」とする。それは投資の世界でいえば株式投資の「ダウ平均総買い」の世界から、儲ける人がいると必ず損する人もいるという「商品取引」の世界へのコペルニクス的な転換が進んでいるともいえる。
この大きな変化の中で従来型の企業経営には多々問題点があるという。「事業部制の限界」「組織の硬直化」「利益代表化する役員」など、報告書は多くの問題点を指摘する。「ヘッド・クオーターの指導力、大胆な戦略的意志決定が今までになく求められている」と結論づける。
「現場からある程度の自立性を保って(現場情報だけに頼らず)国際的な視野で戦略的指向の出来るプロフェッショナルな組織が必要だ」とか、また「変化のスピードがますます速まっている現在、総花的な資源配分では何一つ結実しない」とか、戦略的な資源配分を実現しうる「リーダーシップ」を持った本社機能の必要性を報告書は訴えるのである。
この問題意識は正しく、解決の方向性もまさにその通りだと思う。問題はその方向で世の中が動くとして、我々は具体的には何をなすべきか、また自分の守備範囲である調査部の業務に於いて何をなすべきか、何が出来るかであると思う。
例えば本社の「リーダーシップ」という言葉が出ている。仮に当社の司令塔である業務・企画グループがもっと強力なリーダーシップを発揮するとして、そのためには何が必要になってくるのかという点が議論されなければならない。ひとつの参考として面白い話がある。戦後の日本政治の歴史に於いて四元義隆という人物が歴代首相の後継者人事に隠然たる影響力を発揮してきたといわれているが、その四元義隆によれば一国の首相の要件とは三つあるという。一つは「生まれつき人に好かれること」、二つに「責任をとりきること」、三つ目は「先が見えること」とのことである。調査部はこの最後の「先が見えること」という要件の整備に微力ながら貢献したいと思う。
即ち次の二点に注力したい。
1)先を見るための材料の加工、分析
・国際情勢、経済情勢、景気、産業動向など総合商社の経営にとって重要な情勢判断、またそのための材料の加工に一層の努力をしたい。情報量が極端に増えている現代社会であればこそ、情報の分析作業の重要性が増加している。
・その情報分析に当たっては、文献情報の分析をまず出発点とする。総合商社にあっては現場感覚に溢れた情報は実に豊富に存在する。そういう状況にあるからこそ地道な文献情報の分析の存在意義が出てくる。公開されている文献情報だけで国家的機密情報を抽出し、後世の歴史家から「歴史を変えたスパイ」とまで評価されるゾルゲの情報分析方法を見るまでもなく、地道な文献情報の分析だけで相当のことが分かるのである。もちろんこれは現場情報を否定するものではない。経営者が現場から上がってくる現場ベースの情報と調査部から上がってくる文献ベースの情報を両方を受け取ることで「総合的な」判断が可能になるのである(複眼的指向)。
・専門家・プロフェッショナルの切り口を最大限に活用する。例えばエコノミスト、経済分析アナリストの素養のない人間には(幾らローカル情報には詳しくとも)各国のマクロ経済の統計数字の意味が必ずしも完全には理解できないはずである。調査部スタッフのマクロ経済分析-といういわば普遍性のある技術(ノウハウ)をフルに活用して、仮にその当該国に土地勘が無くとも各国経済の分析と意味のある提言が可能となるのである。
2)情勢分析と当社の経営ニーズの連結
・いくらマクロ的な分析、情勢判断が出来てもそれが当社の経営にどういう意味を持つのか、ということが曖昧であれば単なるマスターベーションに終わる。情報分析は常に具体的な企業アクションに結びついてはじめて意味を持つ。だからどうするのかとの「政策提言能力」が望まれる。
社団法人「企業研究会」はその創立45周年を記念して掲題の報告書をまとめた。その内容はいろいろな意味で興味深い。まず報告書は「我々の思考方法は制度に影響される。制度を作ったのは我々なのであるが、そのうちに我々のほうが我々が作った制度によって規定されてしまう」と訴える。この言葉は含蓄が深い。
我々を縛っている制度とは何かというと、経済がいつも必ず成長を続けるという「右肩上がりの成長を前提として出来た企業システムである」という。分かりやすく言い換えれば、今までの企業経営はいわば何でも間でも間口を広げておくと儲かった。株式投資でいえば、全銘柄を総当たりで買っておく「ダウ平均買い」に似ていたといえる。経済成長に応じて時価総額が上昇するかぎり必ず利益が出たわけである。
しかし今後のビジネスにおいては経済の右肩上がりは「もはや期待できない」とする。それは投資の世界でいえば株式投資の「ダウ平均総買い」の世界から、儲ける人がいると必ず損する人もいるという「商品取引」の世界へのコペルニクス的な転換が進んでいるともいえる。
この大きな変化の中で従来型の企業経営には多々問題点があるという。「事業部制の限界」「組織の硬直化」「利益代表化する役員」など、報告書は多くの問題点を指摘する。「ヘッド・クオーターの指導力、大胆な戦略的意志決定が今までになく求められている」と結論づける。
「現場からある程度の自立性を保って(現場情報だけに頼らず)国際的な視野で戦略的指向の出来るプロフェッショナルな組織が必要だ」とか、また「変化のスピードがますます速まっている現在、総花的な資源配分では何一つ結実しない」とか、戦略的な資源配分を実現しうる「リーダーシップ」を持った本社機能の必要性を報告書は訴えるのである。
この問題意識は正しく、解決の方向性もまさにその通りだと思う。問題はその方向で世の中が動くとして、我々は具体的には何をなすべきか、また自分の守備範囲である調査部の業務に於いて何をなすべきか、何が出来るかであると思う。
例えば本社の「リーダーシップ」という言葉が出ている。仮に当社の司令塔である業務・企画グループがもっと強力なリーダーシップを発揮するとして、そのためには何が必要になってくるのかという点が議論されなければならない。ひとつの参考として面白い話がある。戦後の日本政治の歴史に於いて四元義隆という人物が歴代首相の後継者人事に隠然たる影響力を発揮してきたといわれているが、その四元義隆によれば一国の首相の要件とは三つあるという。一つは「生まれつき人に好かれること」、二つに「責任をとりきること」、三つ目は「先が見えること」とのことである。調査部はこの最後の「先が見えること」という要件の整備に微力ながら貢献したいと思う。
即ち次の二点に注力したい。
1)先を見るための材料の加工、分析
・国際情勢、経済情勢、景気、産業動向など総合商社の経営にとって重要な情勢判断、またそのための材料の加工に一層の努力をしたい。情報量が極端に増えている現代社会であればこそ、情報の分析作業の重要性が増加している。
・その情報分析に当たっては、文献情報の分析をまず出発点とする。総合商社にあっては現場感覚に溢れた情報は実に豊富に存在する。そういう状況にあるからこそ地道な文献情報の分析の存在意義が出てくる。公開されている文献情報だけで国家的機密情報を抽出し、後世の歴史家から「歴史を変えたスパイ」とまで評価されるゾルゲの情報分析方法を見るまでもなく、地道な文献情報の分析だけで相当のことが分かるのである。もちろんこれは現場情報を否定するものではない。経営者が現場から上がってくる現場ベースの情報と調査部から上がってくる文献ベースの情報を両方を受け取ることで「総合的な」判断が可能になるのである(複眼的指向)。
・専門家・プロフェッショナルの切り口を最大限に活用する。例えばエコノミスト、経済分析アナリストの素養のない人間には(幾らローカル情報には詳しくとも)各国のマクロ経済の統計数字の意味が必ずしも完全には理解できないはずである。調査部スタッフのマクロ経済分析-といういわば普遍性のある技術(ノウハウ)をフルに活用して、仮にその当該国に土地勘が無くとも各国経済の分析と意味のある提言が可能となるのである。
2)情勢分析と当社の経営ニーズの連結
・いくらマクロ的な分析、情勢判断が出来てもそれが当社の経営にどういう意味を持つのか、ということが曖昧であれば単なるマスターベーションに終わる。情報分析は常に具体的な企業アクションに結びついてはじめて意味を持つ。だからどうするのかとの「政策提言能力」が望まれる。
1992年12月1日火曜日
日本経済の発展と総合商社
1992/12
| はじめに 先ず数字から入りたい。日本で貿易を行っている企業の数は、11、604社である。 ほとんどが比較的小規模の貿易業者であるが、そのうち上位の9社のシェアが非常に高 く、この9社で日本の輸出の37%、輸入の65%をハンドルしている(1991)。 一般的にその9社、その中でも上位6社が、SOGO SHOSHAと呼ばれている。SOGO SHOSHA はそのまま英語として通用する。"ogoとはgeneral、shoshaとは Trading Company を 意味する。よって SOGO SHOSHA とは"General Trading Company"と言うことになる。 なぜわざわざ「総合」という言葉を付け加えるかと言うと、扱い品目が多岐にわたると 言う意味と、総合商社が提供する機能(サービス)にいろいろあると言う二つの意味か ら「総合」という形容詞が付けられている。 9社の売上高の合計は年間119兆円(約一兆ドル)にもなる。ちなみに日本のGNPは 年間4兆ドル程度である。外国では(メーカーの直接貿易、貿易業者の専門化の関係で) 貿易業者の規模がこのように大きくなることはない。 舶ト国では総合商社が日本経済の躍進の秘密であるとの見方があるとともに、逆 に総合商社と日本企業の密接な系列関係が日本市場の閉鎖性の原因と考える人もいる。 前者はともかく後の方は、間違った議論である。しかし、よきにつけ悪きにつけ、総合 商社は必要以上に怪物的な存在と見なされている嫌いがある。 実態はそんなに不思議な企業ではないが、活動の幅が広く、多くの機能があるので、外 部から解りにくいことがあるのかも知れない。 人間と同じく企業も過去の延長線上にあり、歴史的に見ればよりよく理解できる。 「時間は過ぎ去るのではなく積み重なる」。総合商社の数多くの機能も、その一つ 一つが、それが形成された時代の特別の事情に対応する形で出来上がってきたものであ る。よって今日、多様な総合商社の役割をその時々の時代背景に対応させて振り返るこ とにしたい。 日本経済を取り巻く環境は現時点においても変わりつつある。それに応じて 総合商社の機能と役割もそれに応じて変りつつある。その辺を、今日のわたしのメッセー ジとしてご理解いただければと思う。 時代区分だが、1)最初に19世紀にまでちょっと遡って総合商社の創業期、 2)戦後の復興期を経て55年以降の20年間にわたる日本経済の高度成長期、3)7 3年のオイルショック以降85年までの日本経済の低成長期、4)現在すなわち198 5年のプラザ合意以降と、四つの時代に分けて説明したい。 時代区分(1):総合商社の創業期 ク商社の創業期からはじめたい。どのような時代背景のもとに総合商社というものが産 まれてきたのかを見てみたい。総合商社の起源は江戸末期(19世紀の半ば)に遡る。 その当時、200年にわたる鎖国政策の後、日本は欧米列強により開港を強制された時 期であった。このとき中国貿易に従事していたジャーディン・マディソン商会など主に イギリスの専門商社が日本に支店を開き、日本の貿易を取り仕切った。この時代、日本 の輸出入の9割以上をこれら外国商社が取り仕切った。 <外国商館は日本人商人が貿易手続きに疎いのに乗じ、相当あこぎなこと(乱暴なこと) をしたと伝えられている。また欧米諸国と締結した通商条約も極めて不平等なものであ り、日本は自国の関税の自主決定権すらなく、自国の産業の保護も出来ない状態であっ た。(以後20世紀に入るまで数十年間にわたり、通商面での[半植民地」状態が続 く。) $貿易を外国商社から奪回することをめざし、伝統的な商業金融資本(財閥)が中心と なり、19世紀の後半にかけていくつかの貿易商社が設立されて行く。これが現在の総 合商社の源流である。 当時発展途上国であった日本が欧米諸国と対等に貿易を行うためには強力な専門的貿易 機関の発達が不可欠であったわけである。 このような貿易商社のなかで有名であったものには三井物産がある。設立は1876 年。政府から官営の三池炭坑の払い下げを受け、同炭鉱の石炭の輸出を一手に引受ける ことから貿易をはじめて行く。 また紡績会社を設立し、紡績機械の輸入、綿花の買い付け、製品の輸出を担当する。さ らに流通施設や輸送手段への投資など新しい事業分野への投資を積極的に行ない、自分 を中心とする企業グループをつくっていった。 1910年には、世界に40の海外店を配置し、従業員1700名、日本の輸出入の2 割以上を取り扱う日本最大の貿易商社に成長した。 他方、三菱商事の設立はかなり遅れて1918年である。概ね三井物産と同じよう な発展過程をたどるが、重化学工業の分野での取り引きを重点的に伸ばして行ったのが 特徴である。 ちなみに三井、三菱とよく対比される住友財閥についてであるが、住友財閥自体は15 90年にまで遡るものの住友は一貫して産業資本としての性格が強く、住友での総合商 社の設立は三菱よりもっと遅れて第2次大戦後にまで持ち越されることになる。終戦後 の大陸の住友事業からの引き上げ者に職を与えるというせっぱ詰まった事情で商事会社 が設立される。 メ以上戦前の歴史を振り返ってみると戦前の総合商社の設立と発展は当時の日本の国家 的目標と密接な関係があったことが解る。 天然資源に乏しく、多くの人口を抱えた貧しい日本が、国民の生活水準を改善しようと 思えば、日本を工業化するしかなかった。工業をやるには資源を輸入する必要がある。 資源はただではないので外貨がいる。外貨はは輸出で稼ぐ以外はない。ということで日 本にとって貿易は死活問題であった。大規模な総合商社はそのような日本経済のニーズ にそって育ってきたものであるといえる。 時代区分(2):総合商社の形成期 2明治以降、経済発展を続けてきた日本も太平洋戦争という悲惨な戦争を引き起こすこ とになる。戦争が終り、財閥系総合商社も占領軍の命令で一旦は解散させられるが50 年代には再び合同する。戦中・戦後の混乱期を経て壊滅状態となった日本経済も195 5年当りには戦前の水準に戻り、再び日本経済はダイナミックな発展を開始する。 嘯サの後の20年間を日本経済の高度成長期と呼ばれるが、年平均9.8%の高い成 長が実現し工業国へと発展してゆく。世界的に見ても注目すべき成長スピードであった。 その原動力は技術革新であり、大衆消費社会の実現であった。その象徴として19 64年の東京オリンピック、東海道新幹線の開通があり。その到達点として68年のGN P世界第二位への躍進がある。 この時代は同時に経済構造の激動期でもあった。総合商社は極めて積極的な事業展 開をおこない活動分野を飛躍的に拡大させた。 1)外国からの技術導入、2)資源開発、3)大衆消費社会への移行という三つのテー マにつき総合商社が果たした役割を見てみたい。 1)外国からの技術導入 この時期の高度成長の牽引役に輸入技術に基づく活発な設備投資がある。戦中戦後の 空白によって日本の技術水準の立ち後れはひどかった。55年以降になるとその技術水 準の落差を埋めるべく外国からの一流技術の導入が広い範囲でおこなわれ工場設備の新 設ラッシュが続いた。 具体例として: 鉄鋼業では:高炉の大型化、LD転炉の導入、ホットストリップミル新設など。エネルギー では:エネルギー革命と呼ばれる石炭エネルギーから石油エネルギーへの転換。石油化 学では、ナイロンなどの合成繊維、プラスティックの企業化の為の巨額の投資がなされ た。 この技術(機械設備)導入に関連し、商社は技術導入の仲介・斡旋役として活動す ることになった。多くの総合商社ではこの頃から技術移転業務の専門セクションを設置 し積極的に技術移転に対応した。また海外有力メーカーの対日販売総代理店として外国 企業の立場から設備、技術の対日売り込みに注力した。 血ツ人的な経験(具体例):デンマークの海底トンネル建設工法の導入で東京湾 の埋め立て現場に日参したこと。フランスの土木技術テルアルメ工法の導入。 商社が技術提携の斡旋をすることで、僅かな仲介手数料が稼げるが、本当 の目的は技術提携により安定的な資材の継続取り引きをアレンジ出来ることにある。こ れはワンショットではなく、何十年と続く。だから一生懸命やった。総合商社の「技術 移転機能」である。 2)資源開発 高度成長期になって日本経済は資源問題という新たな問題に直面する。戦後の 復興期には産業に必要な資源はコマーシャルベースで単純に輸入すればよかった。資源 については買い手市場であったし、日本の産業が必要とする輸入量も少なかったからで ある。 高度成長期となるとそれでは(従来の資源の輸入方法では)とても間に合わなくなっ た。必要量が急増し高度成長期は5年で2ー3倍のペースで資源の輸入量が増えた。ま た国際的に資源ナショナリズムが台頭する。 市場は一転して売り手市場化する。そこで資源の長期かつ安定的確保を図るた め、資源保有国の経済的利益を重視した開発輸入方式が登場する。 開発輸入方式には相手国に資源開発資金を融資し、その生産物で融資金の回収を 図る方式(融資輸入方式)と相手国に投資して自ら事業経営に参加する(開発参加方式) の二通りがある。 いずれにせよ数年の期間を要し、巨額の資金とリスクが付きまとっている。日本の製造 業は積極投資でただでさえ資金がタイトであり、そのため大きな資源開発プロジェクト には資金調達とリスクを分散する意味で企業グループ、ないし同業各社の複数の企業で 参加するケースが一般的になった。その際、総合商社はまとめ役として数多くの資源開 発プロジェクトに参加するようになる。これが総合商社の「オルガナイザー機能」と呼 ばれるものの始まりであった。(オーストラリアの鉄鉱石など) 3)大衆消費社会への移行 -高度成長のおかげで国民の消費生活は格段に向上した。それに伴って産業構造の 変化も生じた。第三次産業の就業構成比は1960年の38.2%から70年には46. 5%、75年には52%と半分以上を占めるまでになった。 経済の重点は素材生産に近い川上から最終消費者に近い川下に着実に移りつつあった。 しかし総合商社の売上高の構成はおおざっぱにいって50ー60%が生産財、2 5%が資本・建設財などの投資財、消費財は10%前後といわれており、商社の住み場 所はどちらかと言えば川上よりである。積極的に総合商社は流通の川上から川下へのイ ンテグレーション(垂直統合化)に意欲がもやされた。 具体例として、ブロイラー・インテグレーションがある。これは総合商社が日本に最 初に導入したシステムであるが、米国でブロイラーの優良品種を育て、孵化したひよこ を日本の契約農家に供給し育てさせる、餌は自社が輸入する配合資料を農家に供給し、 製品(鶏肉と卵)は自社の流通経路で消費者に販売するというシステムである。この分 野での総合商社のシェアは約4割といわれる。おしなべて割高な日本の食料品の中で鶏 肉と卵だけは値段が低位安定している。フライドチキンとオムレツを食べている限り食 費は東京の方がパリより安く済む。総合商社が自慢できる国民生活への貢献の一例であ る。 他にも商社がスーパーマーケットの経営に乗り出すとか、積極的な川下展開が見られた。 総合商社の「ディストリビューション・ネットワーク機能」と呼ぶことが出来る。 高度成長期は日本経済が急速に拡大した時代であった。それにあわせ、総合商社も活 動分野を拡大する政策をとり「総合化」を積極的に推進した。高度成長期で総合商社の 総合化は一応完成したといえる。その意味でこの時期は総合商社の形成時期であった。 時代区分(3)、石油危機以降の低成長時代 1973年の石油危機がもたらした変化はとりわけ大きかった。順調に成長していた 日本経済も1973年に大きな転機を迎える。 原油価格は73年、一挙に4倍に(11.65ドル)なり、さらに81年には、イラン・ イラク戦争で34ドルまで急騰する。 この石油ショック以降、世界経済は(インフレと景気の低迷が同時に進行する)スタグ フレーションに見舞われたが、エネルギーをほとんど中東に依存する日本経済への影響 はとりわけ大きかった。 日本経済は低成長時代へ突入する。(1960年代は年平均で10.7%の成長であっ たが、石油危機以降の10年間、1973ー83、年平均4.0%の成長率に低下した。 この時期の商社の役割を、1)原油ビジネス、2)プラント商談、3)三 国間貿易の三つに関して見ることにしたい。 原油ビジネスと商社 ?まず第一に、石油の確保自体が大問題となった。石油危機以降、世界的な原油 不足の情勢の中で原油供給源を失ったメージャーは日本に対して原油供給のカットとい う厳しい措置をとることになる。日本の石油業界はメージャー・ルートに替る新しい原 油輸入ルートとして産油国との直接取り引きに乗り出す。これをDD原油(Direct Deal Oil) という。 竄オかし民族系石油会社のほとんどは中東に拠点をもっておらず、この原油購入は総 合商社が行うことになる。DD原油は経済協力の見返りとして契約が成立する場合が多く、 経済協力に参加する総合商社が原油購入交渉を行う方が有利だったこともある。 わが国の原油輸入における商社シェアは1965年の10%から81年には38% にまで急増する(それに対し、同期間にメージャーシェアは62%から33%に激減し ている) プラント商談と商社 価格が急騰した石油輸入代金の支払いのために、日本は国際収支の悪化に悩むことに なる。輸入合計に占める鉱物性燃料:の比率も、それまでの1/4程度から一挙に半分 にまで急増する。日本はなんとしても産油国に対する輸出に傾斜しオイルマネーの還流 を図る必要も出てきた。 その解決策がプラント輸出であった。OPECは1974年だけで600億ドルとい うオイルマネーを手にいれるが、このお金を自国の工業化に注ぎ込んだ。日本の中東向 けプラント輸出は一挙に活発化する。 総合商社はこのプラント輸出において、その発端から完結にいたるまで幅広く機 能を発揮することになる。すなわち: 海外ネットワークを通じてのプラント入札情報をいち早く入手する 国際入札への参加企業をコーディネートする。場合によっては外国企業もふくめ た国際コンソーシアムを結成する。 ファイナンス、政府資金の利用を交渉する リスク分散のために輸出保険の手続きを行う。為替のリスクヘッジの手段を講ず る。カントリーリスクの評価を行う アメリカにはベクテル社のようなプラントを一括受注できる強力なエンジニアリ ング会社があるが、日本のエンジニアリング会社の多くは化学会社から分離独立したい わば技術者集団にすぎず、その補完的な役割を総合商社が果たすことになった訳である。 三国間貿易と商社 三国間貿易とは日本以外での取り引き、つまり外国で仕入れて日本以外の別の国で 売る貿易をさすが、70年代から急速に増えた。 9社の全取り引きに占める三国間貿易の割合は:65年:9.4%、70年:12.0 %、73年:16.1%、91年:25.8%。 何故増えたかと言うと: 石油危機以降、伝統的商品中心の総合商社の売り上げが伸び悩んだため、その活路を 外国間取り引きに求めたこと プラント輸出などの見返りに相手国の産品の引き取りを義務付ける取り引き(カウン ターパーチェス)が増加したことなど。 カウンター・パーチェスなどは非常に広い取り扱い商品と海外取引先をもつ総合商社な らではの機能であると言える もっとも品目は石油、穀物、油脂原料、綿花などの国際商品がほとんどであり、工業 製品の三国間貿易はあることはあるがまだまだ少ない。 しかし三国間貿易の増加は総合商社の国際化の象徴でもある。 時代区分(4)、プラザ合意から現在に至るまで 円高がもたらしたもの さてようやく現在に至った。1985年以降を現時点とするが日本経済はまた して大きな構造変化に直面している1985年以降の大幅な為替の切上がり(円高)で ある。背景には70年以降の日本産業のハイテク化の構造変化でエレクトロニックス関 連製品などの輸出が急増し、国際収支は構造的に黒字体質へ変化したこと、それに伴う 国際摩擦がある。1985年、多国間国際協調によって大幅円高誘導が決められ、円は 僅か半年の間に一ドル240円から150円へ切りあがった。 この為替の急激な変化は日本の貿易パターンをも変化させるものであった。明治以来 の日本の貿易パターンは加工貿易といって原材料を国外に求め、日本で加工し、製品を 輸出するというものであったが、そのパターンがなりたたなくなった。需要地に工場進 出し現地生産をするようになる。 そうなると、貿易品目も(輸出品目も)これまでの製品の輸出に替えて部品や中間財の 輸出に変化してくる。 中間材の貿易となれば同一企業内での貿易(企業内貿易)が主体になってくる。企業内 貿易となれば、貿易業者が介入する余地はなくなり、総合商社のビジネスがなくなると いう事態になる。 現に数字で見ても輸出売り上げが総合商社全体売り上げに占めるシェアは大きく低下し てきている。 輸出/売り上げ高シェア(9社):80年:20.2%、85年:18.8%、90年: 12.2% 総合商社の対応 この数字を見ると「総合商社=輸出」というステレオタイプを捨てなければならない事 態となっている。商社側の対応策としてはいろいろあろうが二つほど: :第一に海外での現地流通への介入を強めることである。日本企業の現地生産に伴って 材料や部品の効率的な調達の必要が生じているが、これらが現地企業によって満たされ るとは限らないので日本の総合商社が現地の流通を担当するケースが増えている。 鉄鋼の流通加工センター(コイルセンター)の海外進出がこの例である。コイルセンター とはユーザーの要求に応じて鉄板の切りそろえをして必要な数量を必要な時間に必要な サイズでジャストインタイムに納入する流通加工基地で、60年代に日本において総合 商社が開発したもの。この便利なサービスはアメリカには存在しなかったので日本企業 の現地進出にともない総合商社が現地に数多くの鋼材加工センターを建設することになっ た(最近はアメリカ人も真似をして同じものを作くりはじめた)。 また現地でのデイストリビューターやディーラーへの資本参加など、現地の倉庫業、運 輸業などの物流業への投資も増えている。これが一つの傾向である。 .第二に外国企業との提携関係の強化である。三菱商事のダイムラーベンツとの提 携、三井物産のマクドナルド・ダグラス社との関係、住友商事のフィアットとの関係な どである。また個別のビジネスにおいても、「組む相手は日本企業に拘らない」という 総合商社の姿勢が顕著になってきている。当社の例をみても次のような例がある。 インドネシア向け発電所 住友商事は91年米国のGE社と共同でインドネシアでガスタービン発電所の建設を受注。 建設資金2億ドルは日米の輸出入銀行の協調融資。日本の貿易保険を適用。 タイ向けエチレンプラント 同じく1992年、住友商事は米国のエンジニアリング会社ストーン・アンド・ウェブ スター社と韓国のエンジニアリング会社大林エンジニアリング社と組んで、タイのエチ レンプラントを受注。5億ドル。米国が基本設計、韓国が現地工事を行う。プラント用 機器は米国、韓国、日本から調達する。 ニカラグア向けの米国産肥料(日本政府の無償資金協力案件) 住友商事は90年に日本政府のニカラグアむけのグラント案件をベースに米国の肥料会 社アルカディア社の肥料9300噸をニカラグア政府に納入した。日本の経済協力案件 で外国企業に商売をもっていった例である。 要約すると総合商社の今後の戦略は、1)日本企業の海外進出をサポートしつつ、 2)国際流通分野において新たな基盤を築き、3)自らも多国籍商業資本として外国企 業の製品販売の分野において取り扱いを強化しようというものといえよう。 (おわりに(総合商社の機能についての整理) 以上、総合商社の果たしてきた役割を時代時代で見てきた。多様な役 割があったことが解る。また総合商社の役割・機能は時代時代のニーズに応じて変化して きたことも解っていただけたと思う。 もっとも、良く見るとこの間一貫して変化しなかった総合商社の役割・機 能があったことがわかる。その機能は財・サービスの「トレード」である。需要と供給を世 界的な規模で結び付けるマッチング機能といってよい。この「取り引き(トレード)機 能」は商社の一番大切な中核(コア)機能である。そのコア機能を囲む形で金融機能、 投資機能、オルガナイザー機能などの付帯機能があると整理できる。この付帯機能には 商品毎に極めて多くのバリエーションがあるが、中核は「トレード」機能にある。この 様に考えれば総合商社という存在がよりわかり易くなると思う。 この「トレード」の分野において総合商社は時代時代のニーズに応じて、 極めて敏感に、取扱商品、相手先、地域を変化させてきた。ビジネスのやり方もしかりであ る。変化してきている。 現在、世界経済は古典的な弱肉強食の時代から協調の時代に入ってきている様に見える。 日本の産業にとって国際的な協調関係、経団連の言葉では「共生(シンビオシス)」が 課題になっている。国際的なビジネスの仲介者としての総合商社に期待される所は大き いと思う。 [主要参考文献] 内田吉英「商社」教育社、1991 島田克美「商社」日本経済評論社、1986 杉本昭七「日本貿易読本」東洋経済新報社、1992 補足:最近、一部の米国の研究者から日本の企業集団(系列)が日本の輸入を阻んでい るのではないかとの疑問が出されたことがある。昨年、その議論に対するコメント・反 論を書いた。そのペーパーを入れておいた。もしこの種の議論に興味のある方がおられ れば、若干テクニカルではあるが参照乞う。 |
1992年3月1日日曜日
欧州統合と日本企業への期待
1992.3
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1.要旨
最近、日・欧の企業関係に少し変化が出てきているように見える。欧州企業に於ては、
従来の「日本企業は敵」としか考えない偏屈な態度が弱まり、何とか日本企業との協調
の道を探そうとする姿勢が強くなってきている様に思える。民間会社である当社の東京・
大阪本社にも欧州の企業のみならず、政界・学界からの訪問団も、最近、とみに頻繁に
訪れるようになった。一方、日本の企業においても、経団連が今年の活動テーマとして
「共生」という標語を挙げたように、従来の現地進出一辺倒の態度から、欧州企業との
共存の道を探す姿勢に変わりつつあるようだ。この変化のなかで、伝統的にマッチメー
カーの役割をはたしてきた総合商社のビジネス・チャンスは高まってきているとも言え
る。先般、現地に出張し欧州の各界の専門家の意見を多く聴取する機会を持ったが、こ
の欧州側の姿勢の変化の背景となっている欧州統合の動き、統合に対する各国の事情の
相違、その中での日本企業への欧州の期待の高まりという点を整理してみたい。
2.欧州統合と各国事情
93年から始まるECの市場統合、さらに昨年12月にマーストリヒトのEC首脳会談
で宣言され、92年2月に条約として調印された「改正ローマ条約」は欧州企業の戦略
にも大きな影響を与えている。この条約で、ヨーロッパは今後単なる共通市場ではなく、
通貨統合を軸として、通貨・経済・政治の三つの分野における総合的な統合である「欧
州連合」を目指すことになった。しかし、この欧州連合への道は、各国それぞれの個別
の事情が大きく異なっている現状では、けっして容易なものとは言えない。欧州統合に
は相当に荒っぽい各国経済の収斂(コンバージェンス)が必要となってくる。この各国
経済条件の収斂は、当然欧州の企業経営にも大きな影響を与えることになるのである。
各国別にそのあたりの事情を見てみる。
(1)期待と不安が混ざる欧州の発展途上地域
まず一番大きな影響を蒙るのが、欧州内部でも比較的産業の国際競争力が低い低開発地
域の産業である。具体的にはスペイン、ポルトガル、アイルランドなどの後発の国々で
あるが、ドイツとの比較において劣位という意味では、潜在的にはイタリアを始め全て
の欧州諸国においてこの懸念が存在するといえる。加えて、これらの国々では、通貨統
合への厳しい経済条件をクリアするために、強いデフレ政策の必要性に迫られていると
ころが多い。当然、従来のような各国市場の特殊性に依存した競争制限的な環境のもと
で、潤沢な財政支出に依存した企業経営は難しくなってくる。欧州統合に対する態度も、
拡大される市場への「期待」と厳しくなる競争条件への「不安」が入り混じったものと
なる。競争に負けた場合の救済策(地域政策)を統合の条件として主張することになる。
経済・通貨の統合は、ある意味では欧州全体への弱肉強食ルールの導入であることを考
えれば、弱者に対しては救済策を講じることが統合の条件となる。現にEC予算計画に
よれば、今後欧州内部の低開発地域への財政支援額を急増させ、1997年には全EC
予算の33%を占めるまでに増大させる計画となっているが、それで十分であるかにつ
いてはまだ解からない。一部のイタリア企業のように、自国の貧弱なインフラを見限っ
て対外進出を進めるところもでてこよう。またスペインのように賃金上昇次第では逆に
撤退する外資がでてくる危険があるところもある。いずれにせよ、これらの地域におい
ては産業の競争力強化が早急の課題であり、その為の切り札として、今まで以上に日本
の技術、資本に対する期待が高まることになる。
(2)フランス:高まる国内の政治的不満と産業政策
フランスであるが、今回のマーストリヒトで政治的にはドイツを欧州連合という枠内に
取り込んだかたちとなり、欧州内部ではラテン系が多数派であることを考えれば、まず
は大成功と言える。また経済的にもEMS内でフランを安定させるという政策が、ドイ
ツを下回る物価上昇率にまでに物価を安定させ、それが貿易収支の改善などのいい結果
を産み出している。通貨統合への道は基本的にこの路線の延長であり、フランスにとっ
ては比較的に問題の少ない道といえる。しかし、通貨統合は両刃の剣でもある。これが
国内で独自の財政・金融政策を著しく困難にしていることも事実である。失業率が高ま
るなかで景気対策が打てずフランス国内では政治的不満が極度に高まっている。経済的
なメリットも政治的には高いものについているわけであり、これがフランスにとっての
統合コストであるとも言える。産業政策面では、同国の欧州内部での経済力と政治力の
ギャップが大きいだけに、自国の産業競争力を何としても高めたいとの意識が強烈であ
り、日本企業に対してはECを通じては圧力をかける一方、二国間ベースでは協調姿勢
を取り、日本のいいところを取り込もうとの姿勢がとみに顕著になりつつある。
(3)イギリスでも検討される産業政策の導入
大陸諸国と一線を画してきたイギリスにおいても、徐々に変化が窺える。従来、イギリ
ス経済は、企業と家計の過剰債務体質、短期的利益指向および製造業の軽視というある
意味ではアングロサクソン経済の共通の問題を抱えていた。特に、この製造業に対する
考え方が大陸諸国とは相当異なり、それが日本の直接投資を巡り、英国と大陸諸国の間
でぎくしゃくした関係をつくりだしたこともあった。しかし、そのイギリスにおいても、
穏健なものであるとはいえ産業政策の導入が議論されるようになっている。通貨統合で
自国の主権の一部を欧州レベルに移管すること、また欧州共通の労働条件などを規定す
る社会憲章にも強い拒否反応がある英国ではあるが、徐々に大陸諸国との収斂が進んで
きているとも言える。日本の直接投資についても、基本的に自由主義の考え方には変化
はものの、既存企業との協調という点についても、従来以上に配慮する兆しが窺える。
(4)ドイツ:深刻な財政負担とインフレ圧力
最後にドイツであるが、もともと産業競争力が欧州では際だって強いだけに統合により
産業が打撃を蒙ることは比較的少ないと見られてきた。また通貨統合はドイツ連銀の考
え方をほぼ忠実に反映するかたちで取り進めるかたちになり、この意味でも現状を大き
く変えるものではない。しかし、そのドイツにおいてすら、二つの意味での先行きへの
撹乱・コスト要因が存在する。
まず財政面のコストであるが、東西両ドイツの強引な通貨統合が旧西ドイツに莫大な財
政負担を強いていることは、欧州全体の通貨統合の結果を占う意味においても示唆的で
ある。市場統合のパッケージとして南の地域に対する財政支援が計画されていることは
前述の通りであるが、このコストを負担する国と言えば、やはりドイツが主役とならざ
るを得ない。ドイツでは東ドイツ関連の財政支出がすでにしてマクロ経済面での成長抑
制要因になりつつあるうえに、東欧関連、CIS関連の財政支出が予測されている。そ
の上に、このような欧州内部への持ち出しが加わる。この中で通貨統合の経済条件であ
る、財政赤字の縮小に取り組まねばならない。当分経済政策の舵取りは難しくならざる
をえない。産業基盤にも悪影響がでてくる可能性もある。
さらに、各国通貨の平均値的な存在となる欧州単一通貨は、現在最も強いドイツマルク
よりは必然的に弱いものとならざるを得ず、物価上昇圧力の高い国にとっては新しい単
一通貨はディスインフレ要因となるものの、ドイツにとってはインフレ要因となるとい
う点がある。ただでさえ最近の賃上げ圧力はドイツの単位労働コストを欧州内部の比較
において急速に上昇させつつあり、通貨統合について否定的な意見が多く出されるよう
になっている。
この二つの懸念材料は企業の投資戦略にも微妙な影響を与えつつあるようである。ドイ
ツ企業の対外投資が急増する中で、外国企業のドイツ向け投資は1990年の29億マ
ルクに対して、1991年は12億マルクと急速に減少しつつある。
以上のように欧州統合への道のりはけっして平坦ではなく、紆余曲折があるものと思わ
れる。しかしヨーロッパでは、このように最初に基本線を決めて、後で細かい点は詰め
て行くとのやり方で過去、統合を進めてきた。「欧州連合」についても同じような展開
を見せ、結局は実現するものと思われる。ただ、各国経済の条件を収斂させて行く過程
は、上記で見たように相当コストがかかる。企業にとっても痛みを伴うものとなると見
られる。それだからこそ欧州企業も対応策を練ることになる。企業戦略と言えば、日本
の存在を無視しての企業戦略はどの分野においても徐々に難しくなってきているのであ
る。
3. 欧州企業の間で高まる日本企業への期待
歴史的に、欧州においては、日本企業は欧州企業に対する「脅威」としてネガティブに
捉えられてきたように思われる。EC統合それ自体が、日本からの競争を意識したもの
であるとも言える。そのような欧州側の意識に対応するように、日本企業の間で欧州は、
いずれ「要塞化」するとの懸念が根強く存在してきた。これは要塞化される前にインサ
イダーとなっておこうと、80年代後半に日本から欧州への広範な分野における直接投
資のブームに結びつき、これがまた日欧間の経済関係を緊張させることになった。これ
が上記で個別に述べたように最近ちょっと変わってきている。勿論、日本市場の閉鎖性、
日本企業の攻撃的な市場戦略に対して強い批判は存在してはいるが、同時に欧州側に今
まで以上に日本企業との共存・協力関係を求める姿勢が見え始めているように見える。
背景の一つに、市場統合によってかならずしも日本企業に勝てる保障はないということ
が徐々にあきらかになってきたこともある。従来の欧州企業の発想には、ややもすると
統合市場について規模のメリットを追及する大量生産方式に対する過大な期待があった
様に思えるが、時代はこのような小品種大量生産方式の時代から多品種小量生産方式の
時代に移っていたわけであり、市場が大きいだけでは必ずしも日本からの競争には勝て
ないことがわかってきた。勝てない以上、協調策を模索することになる。日本企業に対
する硬軟両面からの二本立て戦略の使い分けがなされることになる。
その意味でフランス政府が1991年7月に纒めた「フランスおよびヨーロッパの対日
政策について」と題する報告書は興味深い。日本産業の競争力を実に細にわたり分析し、
日本産業の競争力の源泉はその文化的・構造的側面にあり、この競争力の上昇は、当面
(10ー20年にわたり)続きうると結論付け、欧州産業としては、纒まって欧州レベ
ルで対抗策を準備するべきとする一方で、各国、個別企業ベースでは日本企業との提携、
協調を通じて日本産業の活力を取り入れることが必要であると、硬軟使い分け対日政策
を提言している。この報告書が相当の影響力を発揮していることはその後のフランス政
府およびEC委員会の対日姿勢を見ていても窺われる。イタリアにおいても、従来は日
本企業の進出について極めて警戒的であったイタリア自動車産業が、今後は逆にイタリ
アにおける日本の自動車部品産業の進出が少なすぎることに不満の意を表明している。
ドイツ企業の日本企業に対する態度についても、従来からの自由主義的な考え方の中に
も、本音の部分で警戒心が高まりつつあるように見受けられる。欧州全体にこのような
アンビバレント(愛憎並存)ともいえる心情が観察できるのである。
従来、欧州においては日本産業に対して非常に開放的なイギリス、閉鎖的(敵対的)な
フランスとイタリア、開放と警戒心と合い混じったドイツという分類の図式があった。
しかし最近は、各国ともに徐々にその中間点に収斂しつつあるとも言える。
一方、日本企業側においても、従来からの何が何でもまずは欧州でインサイダー化しよ
うといったグリーン・フィールド投資を中心とする投資ブームが一段落し、経団連の「
共生」という標語が表すような欧州企業との協調関係を模索する動きがでてきている。
グリーン・フィールドへの投資であれば、従来はイギリスへの投資が手っ取り早く行な
われたわけであるが、既存企業との協調となると産業基盤が整った大陸諸国での展開が
あらためて注目されることになる。もっとも、このような国際的な提携関係は、国際摩
擦を回避する一方で、競争制限的な色彩を帯びる可能性もあり、両者のバランスが求め
られることは言うまでもない。
4.総合商社にとってのビジネス・チャンス
上記のような、日欧の双方における企業姿勢の変化は、今後の日欧の産業関係につい
ても、従来のいわば「対欧進出一辺倒のメーカー的な発想」の時代から、提携、協調関
係の形成を重視する、「リエゾン指向の商社的な発想」の時代に移りつつあると言える。
総合商社の出番がやってきたとも言える。
EC委員会を訪問したとき、日欧投資のインバランスからいって日本市場こそ要塞であ
るとの厳しい指摘とともに、「総合商社にこそこのような現状を打開するための役割が
期待されている」と檄を飛ばされた。総合商社に期待されている役割について特に二つ
挙げてみたい。
まず第一に、欧州企業の巨大な日本の国内市場へのアクセスの支援である。日本の国内
市場を活用した国際貢献は欧州に限らず今後注目されて行こう。日本側の統計で見ても
我が国の対外・対内直接投資バランス(対外投資額を対内投資額で割った比率)は19
90年で20.5倍とアメリカの1.0倍、ドイツの2.2倍を圧倒的に上回る。国内
市場にいかにして外国企業を呼び込むかということが、重要な国家課題となっている。
通産省は今般、「輸入の促進および対内投資事業の円滑化に関する臨時措置法案」を国
会に提出した。この法案では、外国企業に対する国内の投資環境情報の提供、合弁斡旋、
人員採用協力など、数多くの具体策に触れられているが、基本的には従来の総合商社が
果たしてきた機能そのものの強化策であるといえる。日本の投資インバランスの是正の
問題は、過去の閉鎖的なシステムで日本企業が享受したとされるメリットを遡って調整
する、結果がイーブンになるまで努力が必要という一種のアファーマティブ・アクショ
ンのようなものになる可能性が高いと言われている。ということは、日本としては半永
久的にこの方向で努力しなければならないということである。今後長期間にわたりこれ
が国家的課題でありつづけることを考えると、古くて新しい問題とは言え、この時代の
流れの中にビジネス・チャンスを求めることは可能であろう。
第二に、技術提携斡旋である。欧州企業の興味は煎じ詰めてみれば日本の技術にある。
戦後、日本の総合商社が日本産業の外国技術の導入にあたり積極的に仲介の役割をはた
し、またそれを商社の商権確立に結び付けてきたことは良く知られている。今度は、そ
の流れを逆にして、欧州企業の為に技術の提供を行なうべき時期になってきていると言
えよう。従来の日本企業のヨーロッパ企業との技術提携は、直接投資と結び付けるなど
で、基本的に技術を市場シェアの拡大(もしくはシェア管理)に結び付けるなど競争制
限的性格もあった。今後は国際摩擦を回避する意味に加え、競争制限的な性格を抑えな
ければならないとすれば、技術を単体で輸出する(市場分割には結び付けない)という
形が望ましいとされるのかもしれない。技術が商品化され単体で流通するということで
もあり、ここでも商社の出番がある。
総合商社の「機能」については実に様々な議論があった。総合商社の「金融機能」、「
在庫機能」が注目された時代もあった。「情報機能」として海外駐在員が打電するテレッ
クスが評価されることもあった。「オルガナイザー機能」と称してプラント受注などで
のプロジェクト・メンバーの形成・調整機能が注目を浴びたこともあった。けれども時
代を通じて、一貫して変わらなかった「基本的な商社機能」というものがあるように思
える。それは内外の顧客ニーズの変遷を敏感に探知して、そのニーズに対応した長期的
かつ安定的な取引関係をアレンジ・メンテナンスするというマッチ・メーカーとしての
機能であろう。これが総合商社の商権の形成の基本的な背景となった。その意味でいま
日・欧の通商関係においては、総合商社の、この伝統的といえる「機能」に対するニー
ズが高まってきていると言えるのではないか。
(橋本尚幸)
1992年1月31日金曜日
欧州統合に関する所見
1992/1
第1部「所見」
1.三つの印象
今回の出張に於いて三つの大きな印象を受けた。
(1)「欧州連合」への大河の流れ
まず第一に、ヨーロッパの統合への大きな流れは、大河の流れのごとく、いよいよ後戻
り出来ない不可逆的なものとなったとの印象である。これは当社のビジネス展開にあたっ
ても、欧州を一元的に把握した上での戦略策定の重要性が高まっていることを今更なが
ら確認するものであった。
(象徴的なマーストリヒトの首脳会談)
出張中に、マーストリヒトに於いてEC首脳会談が開かれていたが、この会談を巡る各
種報道・観察は、ある意味で象徴的であったように思う。首脳会談の前のマスコミの論
調を見るに、各国の対立は如何に根深く、数多く存在するかと言う点が強調され全体的
に否定的な観測が目立っていたように思う。結果は見ての通りの「大成果」となり、外
務省の評価も「欧州が共同体(Community)から連合(Union)への質的
変化を新条約の形で合意したもので、我が国としては、現在欧州で起きていることは歴
史上の節目(民族国家の概念の変遷を含む)であるとの認識を持たねばならない」とい
う極めて高いものとなった(国際情勢資料、平成3年12月13日)。
勿論、欧州統合は、このまま一直線に進んで行くものではなく、今後とも紆余曲折はあ
ると予想される。しかし欧州統合の将来について、ことさら否定的見方を並べるのでは
大局を見誤る可能性があるように思う。その点で非常に印象的だったのは、「ヨーロッ
パ人は合意と妥協の天才である」、「基本的になんでも出来るんだという頭で見ておい
たほうがよい」との日本政府EC代表部の金原氏のコメントである(首脳会談に先だっ
てのコメント。面談記録15頁)。交渉に当たっては、彼我の相違点を強調し過ぎるぐ
らいに強調し、相手方の譲歩を主張し合うので一見合意は不可能に見えるが、大きな基
本線では合意しているのでゆっくりではあるが着実に前に進んで行くという観察であっ
た。
ドロール委員長はローマ条約締結以来、1)欧州内部では戦争をやってはいけない、2)
欧州の再活性化が必要と、この二つのことだけを考えてこの30年間努力を続けてきた
とのことだが(EC代表部、面談記録15頁)、まさに「愚公、山を移す」の故事どお
りの展開となってきている。「我々はチェーホフの大河ドラマの大きな流れのなかに居
る」(ジェトロ・ミラノ内藤所長、面談記録34頁)、「2~3年で建設した新宿都庁
ビル建設と35年かけているラ・デファーンス建設では取り組み方の哲学が基本的に違
う」(フランス住商井田社長)などのコメントも印象に残る。
ヨーロッパの一体化がもはや後戻りできない点に来ていると考えられる別の観点からの
理由として、日常生活の中での普通の人々がEC統合の経済的メリットを実感している
という事実がある。67年からの市場統合を進めるなかで、特にEMS(ERM)のな
かで、ヨーロッパ各国のインフレは緩やかに落ち着きの方向に進み、統合期待の高揚効
果も加わり実質成長率は過去に比べて確実に高まり、消費生活が確実に改善されたこと
を強調する人が多かった。1980年代の前半のEC12箇国平均実質成長率は1%台
の半ばであったものが、EC統合が具体的に進みだした1985年以降は平均で3%弱
にまで実質成長率が加速された。一度カラーテレビを見てしまうと白黒テレビに戻れな
いのと同じく、「欧州統合」の流れが人々の経済生活の向上をもたらしている以上、後
戻りは難しい。
企業レベルでも欧州は一つとの認識の下に、極く日常的に統合欧州を前提とした戦略が
検討されているようだ。「イタリア企業は域内投資(M&A)に熱心だが、イタリアの
貧弱な公共サービスの制約のもとでビジネスをするよりは、国外に出てのびのびやった
ほうがよいと考えていることも一つの要因」(BCI、面談記録32頁)。個人レベル
でも同様のことが進んでいる。ブラッセルで訪問したEC委員会のお役人はフランス人
だったが、「今晩の夕食はパリに帰って食べるので、今日はこれで失礼する」と会談を
切り上げた。(ちなみに、その時、時間はすでに午後6時半であった。その時間からパ
リまで車で帰って夕食が食べられるほど、欧州は小さく一体化している。)
(いわゆるドイツ問題)
新しい強大なドイツの誕生を、欧州統合の将来にとっての不安定要因と捉える見方もあ
るが、ドイツでお話しを聞いたドイツのエコノミスト達の態度は総じて非常に慎み深い
ものだった(傲慢さが目立つ最近の日本のエコノミストとは相当違う)。要は、東欧問
題、ロシア問題までを考えると、いろんな意味で最も大きな影響を受けるのは地理的に
見てドイツとなることが明かである以上、またその影響もネガティブなものが予想され
る以上、ドイツは他の欧州諸国の政治的サポートを必要とし続けるということだと思う。
昨今、ユーゴ問題、EC実務レベル言語の問題などでドイツの独自行動(?)とジャパ
ン・バッシングにも似たドイツ・バッシングが目につくが(FT、1/20など)、過
去の負い目もあり、当分ドイツは自重を続けるのではないだろうか。また取りざたされ
ている独・仏関係であるが、独仏両国は日本で見ているよりはずっと友好的であるとの
印象を持った。ドイツ産業は今後引き続き欧州で抜きんでた存在であり続けることは間
違いのない事実であるが、それは欧州の利益に合致するシナリオに添ったものとなって
行く(ドイツの経済発展の成果を「欧州全体」が享受するという形に収斂して行く)と
思われるのである。
「大いなる失敗」で早くからソ連の崩壊を予言していたブレジンスキーは、いくら日本
が経済大国だといっても、米国が今後数十年にわたり超大国であり続けることは変わら
ない。超大国の条件は軍事力、政治的影響力、経済力、文化的魅力の四つが等しく必要
と言っているのは(日経1/23)、欧州の将来を考える際にも示唆的である。日米両
国の経済規模に占める日本経済の比重は約35%、一方、EC諸国の経済規模に占める
ドイツ経済の比重は大きくなったとはいえまだ約25%である。日本が米国を「牛耳る」
ことが難しいのと同じように、ドイツが欧州全体を「牛耳る」こともなかなか難しいの
ではないか。
欧州内部の個別の問題をとりあげ、EC統合の将来につき懐疑的な見方をすることは易
しい。しかし大きな流れとしては、欧州は確実に一つになりつつあるとの認識が重要で
はなかろうかと思う。その前提に立った前向きの企業戦略の立案(欧州の統合的運営)
が望まれる所以である。
(欧州の「要塞化」について)
欧州一体化への大きな流れに関連し、昔から懸念され続けている「要塞化」の問題につ
いて各識者の考えを聴いてみた。世界的に管理貿易の色彩が強まっているなかで、特に
産業保護政策が伝統的に強かった欧州大陸の国々の間では「利益の均衡」の主張がなさ
れている。自由貿易論がまだまだ健在であるとはいえ、産業競争力の格差を考えれば、
日欧通商関係も徐々に管理色を強めて行かざるをえないだろう。しかし、だからと言っ
て、欧州が要塞化し日欧間の貿易が大きく抑制されると考えることはないというのが一
般的な見方であった。EC統合が欧州経済の活性化をもたらす以上、日欧貿易も(幾ら
か管理色が強まるとはいえ)着実に伸び続けると見るのが自然であろう。欧州「要塞化」
は決して新しい懸念ではなく、昔から存在する。しかし「要塞化」云々言われ続けてき
た1980年代の日欧貿易を見ると、「要塞化」懸念とは裏腹に、日欧貿易金額は輸出、
輸入両方においてきわめて高い伸びを続けてきたことがわかる。
(注)80年代の日本の欧州(EC12箇国)向け輸出(ドルベース)の年平均伸率は
12.4%。一方対全世界輸出の平均伸率は8.2%、対米輸出の平均伸率は11.2
%。また欧州からの輸入年平均伸率は16.1%。一方対全世界輸入の平均伸率は5.
3%、対米輸入の平均伸率は7.9%。(通関統計)
貿易不均衡の問題をどのような形で是正するかであるが、基本的にまず拡大均衡を目指
した措置が検討されるだろうし、統合市場が欧州経済にプラス材料となる以上、日欧貿
易も(それほど否定的にみるのではなく)今後とも基調として堅調と見るのが自然であ
ろう。
要は、欧州の将来については、基本的に楽観的な見方に立って物事を考えておくほうが、
大局を見誤らないように思われるのである。(第2部で述べるが、欧州諸国の景気は総
じて、この1ー2年は減速局面を迎えることになる。これをどう見るかだが、基本的に
経済成長率とは望ましい経済成長率との関係で判断すべきものであり、中・長期的に欧
州の将来を楽観視する上記の見方とは矛盾しない。)
(2)ベースとしての「普遍性」、その中で複雑な「多様性」
二番目の印象だが、上記で述べたヨーロッパの一体化という大きな流れは、その中に数
多くの複雑な反流・伏流を包含しているということである。一見矛盾しているようで、
これが欧州問題の理解を難しくしている。ベースとしてのヨーロッパは一つであるもの
の、その中で個別性の概念が存在する訳で、ヨーロッパは「普遍」と「個別」の二つの
軸で構成されたマトリックスと捉えることも出来る。所詮、言葉が違い、文化が違い、
制度と歴史が違う国々なのである。
コール首相は「ヨーロッパは統合されても、ドイツはドイツであり、フランスはフラン
スであることには変わりない。個別の国家の上にヨーロッパという大きな傘をかけて、
全体で決定したほうがよい問題はこの傘の中でで決めていくのだ」と述べた由(ジェト
ロ・デュッセル、面談記録11頁)。これは Subsidiarity(補完性)の原則と呼ばれ
ているが、どの問題をどのレベルで決定するのか自体、決定はそれぞれ難しい。国益が
からむ、よってポリティックスが渦巻く。
さらに関係者が口をそろえて言うように、今後のヨーロッパでは国家の問題以上に「地
域」の問題が顕在化・先鋭化して行くと見られる。(ベルギー、イギリス、イタリア、
ドイツ、フランス等ほとんどの国でこの地域問題を実感した)。統合市場とは欧州規模
の苛烈な競争市場であり、勝者となる産業(地域)が出れば当然敗者となる産業(地域)
も出てくる。これに民族問題が絡み、地域問題は一層複雑化する。ヨーロッパ内部の南
北問題も存在する。
ヨーロッパは一つであるとの認識は基本的に正しいものの、それを一つとして捉え、運
営して行くためには、他の地域以上に綿密な情勢判断の為の調査・分析が要求されてい
ると言うことだと思われる。地元のヨーロッパ人ですらヨーロッパを一つとして運営す
るためには、EC委員会という巨大な官僚機構の存在を必要としているという事実は、
(EC機構は旧式の官僚機構であるとの批判は存在することは別にしても)当社の欧州
統括運営の形態を考える場合にも参考になるかもしれない。
(3)高まる日本への期待
三番目の印象だが、「日本」の捉え方についてのものである。日本は欧州経済・産業に
対する「脅威」であるというネガティブな捉え方がある一方で、技術、資本および市場
の提供者として日本への「期待」が欧州で高まっている。We can't afford not to be
interested in Japan (英国ビジネスマン). というコメントもある。世界で一番期待成
長率が高い太平洋地域を無視しての企業経営はありえないとの認識のもとに、日本に対
する「懸念」と「期待」が同時に高まってきているのである。
EC統合市場の実現により欧州企業は(欧州市場のことで頭がいっぱいで)域外のこと
への関心を失いつつあると言われたこともある。しかし話は逆で、太平洋地域への関心
は低下するものではなく、却って関心が高まっているというのが実情のようだ。すなわ
ち1993年からの統合市場への移行は、とりもなおさず欧州企業間での苛烈な競争の
始まりを意味するわけであり、「欧州内部での競争に勝ち抜く為にも」日本の企業と組
もう(日本の技術と資本を切り札として使おう)との戦略が注目されている(IRI、
面談記録36頁)。このままでは負けてしまう可能性が強いドイツ以外の国々の産業界
では特にこの考えが目立つ。そこで総合商社に対しては日本との関係強化のための懸け
橋の機能が期待されることになる。企業経営のグローバル化、ボーダレス化に伴い、こ
の懸け橋の役割も単なる特定商品の製造・販売に関する仲介にとどまらずコーポレート・
レベルでの提携の斡旋機能すら期待されるようになっている。EC委員会から「住友の
ような大企業はもっと欧州企業の日本進出に力を貸すべきだ」との発言があったが(面
談記録、17頁)、これも総合商社への期待の高まりと解釈できる。
第2部で述べるが、統合ブームが一段落した欧州経済は今後2ー3年は全般的に調整局
面に入ると考えられ、経済も過去のような高い成長率は期待できなくなっている。これ
は企業収益、雇用に悪影響を及ぼす。それゆえに、関係者の種々の努力にもかかわらず
日本との通商摩擦は当面、一層先鋭化することはあっても、解決に向かうとは考えにく
い。ネガティブな意味で日本がイッシューとなり続ける。逆に上記のようにポジティブ
な観点からの日本への関心(期待)も同時に高まるわけであり、此辺をうまく調整して
全体関係をマネージして行くという姿勢が望まれる。
(注)今後の欧州の対日政策を占ううえで、フランス政府の経済社会評議会が取り纒め
た「フランスおよび欧州の対日政策について」という報告書(仏語)が非常に参考にな
る。詳しくはフランス経済の部分で述べる。
経団連は1992年の対欧州関係での活動方針として「共生」というテーマを掲げてい
る。「各論」の提携関係を超える「総論」での関係作りと言ってもよいかも知れない。
(すべての通商摩擦は、「各論」で議論することでの問題と言える。当該産業で被害を
訴える声が高い場合でも、同じ国の中に探せば受益者層がいるのでマクロの総論で見て
みるといい形になっている場合が大部分である。)商社としても個別取引という「各論」
を超えて、「総論」で対客先アプローチが出来る体制が望まれているのではないだろう
か。
(企業、団体の中に日本担当の責任者を設置しているところが多いが、彼らは日本の政
治・経済・産業・文化につき驚くほどよく勉強しているし、知りたがっている。日本の
「系列」問題につき強い関心を示す人もいた。ジャポノロジーへのニーズの高まりと言
おうか、「日本学」は売れるとの印象をもった。すなわち、日本のカレント・イッシュー
をネタにすれば相当の人でも興味を示す、会ってくれるとの印象をもった。)
2.総合商社の対応について(上記の三つの印象に関連し)
この三つの印象をベースに、考えられる総合商社としての対応策について整理してみた
い。
最初の「ヨーロッパは一つ」との印象については、簡単であり、欧州の将来を基本的に
楽観的に捉え、積極的なビジネス展開を期すために欧州戦略を一元化して行くと言うこ
とである。既にその方向で当社での検討が開始されており、これは確実に正しい方向で
あるといえる。
二番目の「その中での複雑な多様性の存在」であるが、欧州戦略の一元化といっても、
この多様性を十分に認識したうえでの一元化が望まれるということであり、そのために
は欧州レベルでの経済/産業/社会動向の調査・分析機能の拡充が期待されるというこ
とだと思う。
最後の「日本および日本商社への期待の高まり」という点については総合商社のリエゾ
ン機能および提供機能の高度化が大切ということになる。
(欧州の経済・産業調査体制について)
二番目の点について具体的に言えば、まず経済・産業調査の為に調査スタッフを欧州に
常駐させ専門的・継続的に欧州ウォチングならびに調査業務での日本との連携プレーを
始めることが望まれる。次の段階として、この調査機能を拡充するべく、経済・産業に
関する契約研究・調査業、データーベース業、市場調査業、経営コンサルタント業(会
計事務所も含む)などの対事業所サービス業分野での既存の業者との関係強化、さらに
可能であればM&Aを通じて、そこに蓄積されている膨大なデーター、ノウハウ、人材
を当社に取り込み、当社の総合商社機能の「深化」を目指すことも検討する余地がある
と思われる。
欧州が「欧州連合」へと深化して行くなか、欧州の経済、産業もその構造を変えつつあ
り、その中で日本の総合商社の欧州ビジネスでの介入余地は日々に狭まりつつあると言
われているが本当にそうであろうか。今回いろんな人との話しの中で、総合商社の本来
の機能そのものであるとも言える情報分析・提供機能、特に商社の「海外」と「日本」
のリエゾンの役割に対するニーズは欧州では依然として高く、逆に今後このニーズはむ
しろ高まっていくのではないかとの印象を持った。実際のビジネスにおいて総合商社の
介入余地が狭まってきていることは事実であろうが、それを総合商社機能そのものに対
する否定として捉えるのではなく、むしろ在来型ではない新しい総合商社機能への期待
が高まってきていると前向きに捉えることも可能ではないかと思う。商社機能の「高度
化」を狙っての投資が望まれるのではないか。
さらに通常の外延作戦における事業投資を考えても、欧州における最近のM&A状況の
分析によれば、大部分の企業買収が友好的に、部分的な買収形態を前提に、シナージー
効果(本業への具体的な波及効果)を狙いながら取り進められているとのことである(
シュローダー)。ということは欧州において新規分野への事業展開を図る場合でも、既
存の顧客との良好な取引関係を前提に、その取引先と共同で事業展開を図るという形が
引き続き主流であり続けると思われる。釈迦に説法であることを承知で言えば、当社の
取引先との関係強化、深耕が事業投資戦略の基本であると思う。
ただ、企業規模がお互いに巨大化している昨今、商売上の関係は、ややもすると、客先
の特定部門と当社の特定部門とだけの友好関係となってしまう可能性がある。(例えば
先方の購買部門と当社の売り込み部隊の付き合いにとどまる可能性など。勿論トップ同
士の関係緊密化があるがトップもスーパーマンではない)。コーポレート・レベルでの
関係強化、深耕を目指すには、通常の商売上のコンタクトにとどまらない幅広いレベル
での友好関係の構築が望ましいことは言うまでもなく、上記で述べた当社の調査・分析・
情報サービス機能の強化は、当社の取引先でのカウンターパートである調査部門、企画
部門との関係強化・交流拡大にも結びつくことで、これは結果的に欧州企業との戦略的
提携、合弁事業展開という観点からも、なにがしかの貢献につながると考えられるので
ある。
(この意味で、今回、業界団体、銀行ばかりではなく、FIAT、IRI、ICIなど
の大きな取引先企業内の経済調査部門とのコンタクトが出来たが、こういう関係を広げ
て行くことが重要と考える。)
(補足:商社機能の高度化について)
上記の商社機能の高度化に関連し、若干の補足を試みたい。総合商社の機能は、時代と
共に、また業界毎に様々に異なっている。産業資本の発達が充分でなかった時代には総
合商社の金融機能が重視された。国際的な情報伝達が未熟であった時代には商社マンが
もってくるテレックス情報が評価された。在庫機能がうたわれたときもある。同じ時代
をとってみても、商品・業界毎に総合商社の提供する機能は決して同じものではない。
しかし本質的に変わらない機能があるように思われる。その総合商社の本質的な機能と
は、いわゆる長期的継続取引関係に関連したものであるように思われる。総合商社は「
長期的継続取引を、セットアップすること、及び出来上がった継続取引関係のメインテ
ナンスをすることで、仕入れ先と販売先双方に経済的メリットを提供し、その対価とし
て口銭を貰う」と考えることも可能である。そう考えれば総合商社の機能とは、基本的
には「商権」と呼ばれる「安定的、継続取引」の「アレンジ」と「メインテナンス」に
有り、その目的のために(業界、状況に応じて)いろいろな形態での個別機能を提供し
ていると考えうる。
一つの仮説であるが、これは営業担当者の実感にかなり近いのではなかろうかと思って
いる。それが総合商社の企業間、業種間の接着剤機能であり、それを「リエゾン機能」
と呼んでもよい。その仮説に立てば、なぜ総合商社が「系列」と密接な関係にあり、ま
た総合商社という企業形態が日本に独特のものであるのかについても説明することが出
来る(Ref : N. Hashimoto, Structure of Japanese Business - Japanese Business G
rouping and General Trading Companies - Oct 1, '91)。そうすると総合商社の戦略、
総合商社機能の高度化という点についても、あくまでも「取引関係の構築」を最終目的
としたものであることが大切であることがわかる。投資においてもシナージー効果が重
視される所以である。
このように考えて行くと、総合商社には商取引の当事者という性格よりは、アドバイザー
またはコンサルタントというべき性格がむしろ濃厚であるように思える(勿論例外はあ
る)。総合商社は将来的にある種の経営コンサルタント的な性格を強めて行くし、また
強めて行かなければならないという小職の持論につながってくる。欧州に関する上記の
提言も、大局的にみて、この商社機能の変遷の方向に添ったものであると判断する次第
である。
3.欧州の「中心」に関する所見
欧州は一つとの認識にたった企業戦略を進めるうえで、その戦略拠点は何処におくべき
かという点について所見を述べたい。
当社の場合、過去からずっとロンドンが当社の欧州戦略の拠点となってきた。それに対
して、欧州の政治的、文化的、経済的センターは大陸部分に移っており、島国イギリス
は歴史的に見ても非常に「異質」な存在である、ロンドンから欧州を見ていては、大勢
を見誤るとの意見が根強く存在する。現実にEC委員会など国際機関はもとより、大陸
に欧州本社を設置する日本企業も増えている。ロンドンが圧倒的に強い金融センターの
機能にしても徐々に大陸に移りつつあるようである。
このあたりをどう見るべきか、今回の出張で、各国で、いろんな企業の、多数の人に、
その見解を聴いてみた。その結果、次のような整理を付けることが出来たように思う。
(なお、この整理はあくまでも実務・活動を行なう場所として考えたもので、税制面な
どの制度面から何処に会社を登記するのが有利かという点は考慮していない。)
まず、「中心」と言っても、どのような意味においての「中心」かという問題がある。
これ次第で話が変わってくるので、センターの性格を列挙してみる。即ち:1)政治の
中心地、2)行政の中心地、3)産業の中心地、4)金融の中心地、5)情報が集まる
中心地、6)文化の中心地、8)人的資源の中心地、等などが考えられる。次に、現実
にそれぞれの機能毎に欧州内部のどの場所がセンターであるのかを考えてみる。
1)まず、政治・行政の中心地:これは文句なくEC委員会がある「ブラッセル」であ
ろう。欧州企業もブラッセル重視の戦略を立てるところが増えている(ドイツ機械輸出
連盟など)。法律事務所も大挙してロンドンからブラッセルに移ってきている(住銀ブ
ラッセルの話し)。
2)次に、政治は政治でもポリティックスという観点で考えてみると、これは理屈では
ブラッセルかも知れないが、現実には「各国政府」であるように思える。欧州はどのよ
うな力関係にあるかを素直に考えれば、ポリティックスの中心はやはり、英国と、フラ
ンスとドイツの三箇国であろう。さすれば「ロンドン」、「パリ」、「ボン」(ベルリ
ン)と言うことになる。
3)産業の中心地ということになると、各国にそれぞれ産業は存在するが、一番有力な
産業センターは「デュセルドルフ」などのドイツの都市であろう(若干分散している嫌
いはあるが)。
4)金融の中心地となると、フランクフルトへ金融機能が徐々に移りつつあるとか、先
物取引はすでにパリの取引額がロンドンを上回ったことなどが言われるが、当分は、ま
た見通し可能な範囲では将来的にも「ロンドン」が中心であることには、ほとんどの人
は異論がない。
5)情報が集まる中心地となると、特に銀行関係者が口をそろえていっていることであ
るが、情報が発生する場所ではなく、情報が集まってくる場所として考えると「ロンド
ン」の地位が高いようだ。特に分析され、整理された情報と言うことになると、やはり
ジ・エコノミスト、チャタムハウス、フィナンシャル・タイムズなどの情報分析機能が
集中しているロンドンということになる。これはシティーという巨大な情報をお金で買
うバイヤーの存在が大きい。バイヤーがいるところに商品(この場合情報)が集まって
くる訳である。しかも、日本企業の場合、そのまま東京に発信できる英語の形で情報が
存在することが大きい(フランスにも結構、データー・文献情報が存在するが、言葉の
問題があり、そのまま東京に送れない)。もっともロンドンの情報はすでに整理されて
いることから、生の情報ということになるとやや問題があるとの意見もある。
6)文化・人的資源:何処が文化の中心かとなると、これは価値観の問題でもあり、決
着はつきそうにない。そこで文化をつくるのは人間であることから、人口が多い都市は
文化も高いと大胆に仮定すると(人間が集まってくるというのは、それだけその都市に
求心力があるということであり、人口は意味のある指標である)、そうすると「ロンド
ン」と「パリ」になる。
以上の得点を単純に合計する。ドイツは全部一つとして勘定しても、やはりロンドンの
得点数が高いことがわかる。(ロンドン:4点、パリ:2点、ドイツ:2点、ブラッセ
ル:1点)
しかし、現実には、このような単純な、足し算ではなく、どの機能にどれだけの加重を
付けるかとの判断(どの機能を重視するかとの判断)が重要になってくることは言うま
でもない。産業が何処に集中しているかという点には(総合商社は産業で成り立ってい
る以上)、もっとウェイトを付ける必要が出てこよう。現時点の評価より、将来の方向
といった点にも考慮する必要がある。
また、機能毎にセンターが異なる以上、平均点でどこが「欧州の中心」であるかといっ
た問題は、結局は回答が出ない問題であり、「欧州とは複数のセンターが存在する地域
である」と考えるべきであるのかも知れない。
その意味で参考になる意見であるが、著名な未来学者アルビン・トフラー氏のコメント
がある。同氏は、ECの中央集権的官僚組織を批判して、「これは”煙突時代”の旧式
な発想であり、本来ならば中央集権的な官僚組織などではなくネットワーク型の組織を
つくるべきである」と述べている(日経新聞、1/20/92)。たしかに一つの「セ
ンター」をきめてそこから何から何まで「指令」を発するという発想は時代遅れとなり
つつあるのかも知れない。企業の経営に当たっても、複雑な個別の事情を勘案しながら、
フロントの主体性を発揮して行くためにも、柔軟な「ネットワーク型」の組織運営を前
提にした「本社」の在り方が望ましいとも考えられる。ネットワーク型組織と言えば、
その部は中枢部は「神経組織」である。神経組織と言えば、「情報」である。
ネットワーク型企業経営における本社機能は、「情報」および「コーディネーション」
を媒介とした本社運営であり、その所在地に重要視される機能はやはりふんだんに存在
する「情報」であろう。情報が集まるのは何と言ってもロンドンであることは先に述べ
た。現状では、統括会社の本社の所在地はやはり現在の「ロンドン」が望ましいという
ことになる。ロンドン情報のバイアス性の問題であるが、基本的にすべての情報にはバ
イアス性の問題があるわけで、これは足でカバーする以外ない。
第1部「所見」
1.三つの印象
今回の出張に於いて三つの大きな印象を受けた。
(1)「欧州連合」への大河の流れ
まず第一に、ヨーロッパの統合への大きな流れは、大河の流れのごとく、いよいよ後戻
り出来ない不可逆的なものとなったとの印象である。これは当社のビジネス展開にあたっ
ても、欧州を一元的に把握した上での戦略策定の重要性が高まっていることを今更なが
ら確認するものであった。
(象徴的なマーストリヒトの首脳会談)
出張中に、マーストリヒトに於いてEC首脳会談が開かれていたが、この会談を巡る各
種報道・観察は、ある意味で象徴的であったように思う。首脳会談の前のマスコミの論
調を見るに、各国の対立は如何に根深く、数多く存在するかと言う点が強調され全体的
に否定的な観測が目立っていたように思う。結果は見ての通りの「大成果」となり、外
務省の評価も「欧州が共同体(Community)から連合(Union)への質的
変化を新条約の形で合意したもので、我が国としては、現在欧州で起きていることは歴
史上の節目(民族国家の概念の変遷を含む)であるとの認識を持たねばならない」とい
う極めて高いものとなった(国際情勢資料、平成3年12月13日)。
勿論、欧州統合は、このまま一直線に進んで行くものではなく、今後とも紆余曲折はあ
ると予想される。しかし欧州統合の将来について、ことさら否定的見方を並べるのでは
大局を見誤る可能性があるように思う。その点で非常に印象的だったのは、「ヨーロッ
パ人は合意と妥協の天才である」、「基本的になんでも出来るんだという頭で見ておい
たほうがよい」との日本政府EC代表部の金原氏のコメントである(首脳会談に先だっ
てのコメント。面談記録15頁)。交渉に当たっては、彼我の相違点を強調し過ぎるぐ
らいに強調し、相手方の譲歩を主張し合うので一見合意は不可能に見えるが、大きな基
本線では合意しているのでゆっくりではあるが着実に前に進んで行くという観察であっ
た。
ドロール委員長はローマ条約締結以来、1)欧州内部では戦争をやってはいけない、2)
欧州の再活性化が必要と、この二つのことだけを考えてこの30年間努力を続けてきた
とのことだが(EC代表部、面談記録15頁)、まさに「愚公、山を移す」の故事どお
りの展開となってきている。「我々はチェーホフの大河ドラマの大きな流れのなかに居
る」(ジェトロ・ミラノ内藤所長、面談記録34頁)、「2~3年で建設した新宿都庁
ビル建設と35年かけているラ・デファーンス建設では取り組み方の哲学が基本的に違
う」(フランス住商井田社長)などのコメントも印象に残る。
ヨーロッパの一体化がもはや後戻りできない点に来ていると考えられる別の観点からの
理由として、日常生活の中での普通の人々がEC統合の経済的メリットを実感している
という事実がある。67年からの市場統合を進めるなかで、特にEMS(ERM)のな
かで、ヨーロッパ各国のインフレは緩やかに落ち着きの方向に進み、統合期待の高揚効
果も加わり実質成長率は過去に比べて確実に高まり、消費生活が確実に改善されたこと
を強調する人が多かった。1980年代の前半のEC12箇国平均実質成長率は1%台
の半ばであったものが、EC統合が具体的に進みだした1985年以降は平均で3%弱
にまで実質成長率が加速された。一度カラーテレビを見てしまうと白黒テレビに戻れな
いのと同じく、「欧州統合」の流れが人々の経済生活の向上をもたらしている以上、後
戻りは難しい。
企業レベルでも欧州は一つとの認識の下に、極く日常的に統合欧州を前提とした戦略が
検討されているようだ。「イタリア企業は域内投資(M&A)に熱心だが、イタリアの
貧弱な公共サービスの制約のもとでビジネスをするよりは、国外に出てのびのびやった
ほうがよいと考えていることも一つの要因」(BCI、面談記録32頁)。個人レベル
でも同様のことが進んでいる。ブラッセルで訪問したEC委員会のお役人はフランス人
だったが、「今晩の夕食はパリに帰って食べるので、今日はこれで失礼する」と会談を
切り上げた。(ちなみに、その時、時間はすでに午後6時半であった。その時間からパ
リまで車で帰って夕食が食べられるほど、欧州は小さく一体化している。)
(いわゆるドイツ問題)
新しい強大なドイツの誕生を、欧州統合の将来にとっての不安定要因と捉える見方もあ
るが、ドイツでお話しを聞いたドイツのエコノミスト達の態度は総じて非常に慎み深い
ものだった(傲慢さが目立つ最近の日本のエコノミストとは相当違う)。要は、東欧問
題、ロシア問題までを考えると、いろんな意味で最も大きな影響を受けるのは地理的に
見てドイツとなることが明かである以上、またその影響もネガティブなものが予想され
る以上、ドイツは他の欧州諸国の政治的サポートを必要とし続けるということだと思う。
昨今、ユーゴ問題、EC実務レベル言語の問題などでドイツの独自行動(?)とジャパ
ン・バッシングにも似たドイツ・バッシングが目につくが(FT、1/20など)、過
去の負い目もあり、当分ドイツは自重を続けるのではないだろうか。また取りざたされ
ている独・仏関係であるが、独仏両国は日本で見ているよりはずっと友好的であるとの
印象を持った。ドイツ産業は今後引き続き欧州で抜きんでた存在であり続けることは間
違いのない事実であるが、それは欧州の利益に合致するシナリオに添ったものとなって
行く(ドイツの経済発展の成果を「欧州全体」が享受するという形に収斂して行く)と
思われるのである。
「大いなる失敗」で早くからソ連の崩壊を予言していたブレジンスキーは、いくら日本
が経済大国だといっても、米国が今後数十年にわたり超大国であり続けることは変わら
ない。超大国の条件は軍事力、政治的影響力、経済力、文化的魅力の四つが等しく必要
と言っているのは(日経1/23)、欧州の将来を考える際にも示唆的である。日米両
国の経済規模に占める日本経済の比重は約35%、一方、EC諸国の経済規模に占める
ドイツ経済の比重は大きくなったとはいえまだ約25%である。日本が米国を「牛耳る」
ことが難しいのと同じように、ドイツが欧州全体を「牛耳る」こともなかなか難しいの
ではないか。
欧州内部の個別の問題をとりあげ、EC統合の将来につき懐疑的な見方をすることは易
しい。しかし大きな流れとしては、欧州は確実に一つになりつつあるとの認識が重要で
はなかろうかと思う。その前提に立った前向きの企業戦略の立案(欧州の統合的運営)
が望まれる所以である。
(欧州の「要塞化」について)
欧州一体化への大きな流れに関連し、昔から懸念され続けている「要塞化」の問題につ
いて各識者の考えを聴いてみた。世界的に管理貿易の色彩が強まっているなかで、特に
産業保護政策が伝統的に強かった欧州大陸の国々の間では「利益の均衡」の主張がなさ
れている。自由貿易論がまだまだ健在であるとはいえ、産業競争力の格差を考えれば、
日欧通商関係も徐々に管理色を強めて行かざるをえないだろう。しかし、だからと言っ
て、欧州が要塞化し日欧間の貿易が大きく抑制されると考えることはないというのが一
般的な見方であった。EC統合が欧州経済の活性化をもたらす以上、日欧貿易も(幾ら
か管理色が強まるとはいえ)着実に伸び続けると見るのが自然であろう。欧州「要塞化」
は決して新しい懸念ではなく、昔から存在する。しかし「要塞化」云々言われ続けてき
た1980年代の日欧貿易を見ると、「要塞化」懸念とは裏腹に、日欧貿易金額は輸出、
輸入両方においてきわめて高い伸びを続けてきたことがわかる。
(注)80年代の日本の欧州(EC12箇国)向け輸出(ドルベース)の年平均伸率は
12.4%。一方対全世界輸出の平均伸率は8.2%、対米輸出の平均伸率は11.2
%。また欧州からの輸入年平均伸率は16.1%。一方対全世界輸入の平均伸率は5.
3%、対米輸入の平均伸率は7.9%。(通関統計)
貿易不均衡の問題をどのような形で是正するかであるが、基本的にまず拡大均衡を目指
した措置が検討されるだろうし、統合市場が欧州経済にプラス材料となる以上、日欧貿
易も(それほど否定的にみるのではなく)今後とも基調として堅調と見るのが自然であ
ろう。
要は、欧州の将来については、基本的に楽観的な見方に立って物事を考えておくほうが、
大局を見誤らないように思われるのである。(第2部で述べるが、欧州諸国の景気は総
じて、この1ー2年は減速局面を迎えることになる。これをどう見るかだが、基本的に
経済成長率とは望ましい経済成長率との関係で判断すべきものであり、中・長期的に欧
州の将来を楽観視する上記の見方とは矛盾しない。)
(2)ベースとしての「普遍性」、その中で複雑な「多様性」
二番目の印象だが、上記で述べたヨーロッパの一体化という大きな流れは、その中に数
多くの複雑な反流・伏流を包含しているということである。一見矛盾しているようで、
これが欧州問題の理解を難しくしている。ベースとしてのヨーロッパは一つであるもの
の、その中で個別性の概念が存在する訳で、ヨーロッパは「普遍」と「個別」の二つの
軸で構成されたマトリックスと捉えることも出来る。所詮、言葉が違い、文化が違い、
制度と歴史が違う国々なのである。
コール首相は「ヨーロッパは統合されても、ドイツはドイツであり、フランスはフラン
スであることには変わりない。個別の国家の上にヨーロッパという大きな傘をかけて、
全体で決定したほうがよい問題はこの傘の中でで決めていくのだ」と述べた由(ジェト
ロ・デュッセル、面談記録11頁)。これは Subsidiarity(補完性)の原則と呼ばれ
ているが、どの問題をどのレベルで決定するのか自体、決定はそれぞれ難しい。国益が
からむ、よってポリティックスが渦巻く。
さらに関係者が口をそろえて言うように、今後のヨーロッパでは国家の問題以上に「地
域」の問題が顕在化・先鋭化して行くと見られる。(ベルギー、イギリス、イタリア、
ドイツ、フランス等ほとんどの国でこの地域問題を実感した)。統合市場とは欧州規模
の苛烈な競争市場であり、勝者となる産業(地域)が出れば当然敗者となる産業(地域)
も出てくる。これに民族問題が絡み、地域問題は一層複雑化する。ヨーロッパ内部の南
北問題も存在する。
ヨーロッパは一つであるとの認識は基本的に正しいものの、それを一つとして捉え、運
営して行くためには、他の地域以上に綿密な情勢判断の為の調査・分析が要求されてい
ると言うことだと思われる。地元のヨーロッパ人ですらヨーロッパを一つとして運営す
るためには、EC委員会という巨大な官僚機構の存在を必要としているという事実は、
(EC機構は旧式の官僚機構であるとの批判は存在することは別にしても)当社の欧州
統括運営の形態を考える場合にも参考になるかもしれない。
(3)高まる日本への期待
三番目の印象だが、「日本」の捉え方についてのものである。日本は欧州経済・産業に
対する「脅威」であるというネガティブな捉え方がある一方で、技術、資本および市場
の提供者として日本への「期待」が欧州で高まっている。We can't afford not to be
interested in Japan (英国ビジネスマン). というコメントもある。世界で一番期待成
長率が高い太平洋地域を無視しての企業経営はありえないとの認識のもとに、日本に対
する「懸念」と「期待」が同時に高まってきているのである。
EC統合市場の実現により欧州企業は(欧州市場のことで頭がいっぱいで)域外のこと
への関心を失いつつあると言われたこともある。しかし話は逆で、太平洋地域への関心
は低下するものではなく、却って関心が高まっているというのが実情のようだ。すなわ
ち1993年からの統合市場への移行は、とりもなおさず欧州企業間での苛烈な競争の
始まりを意味するわけであり、「欧州内部での競争に勝ち抜く為にも」日本の企業と組
もう(日本の技術と資本を切り札として使おう)との戦略が注目されている(IRI、
面談記録36頁)。このままでは負けてしまう可能性が強いドイツ以外の国々の産業界
では特にこの考えが目立つ。そこで総合商社に対しては日本との関係強化のための懸け
橋の機能が期待されることになる。企業経営のグローバル化、ボーダレス化に伴い、こ
の懸け橋の役割も単なる特定商品の製造・販売に関する仲介にとどまらずコーポレート・
レベルでの提携の斡旋機能すら期待されるようになっている。EC委員会から「住友の
ような大企業はもっと欧州企業の日本進出に力を貸すべきだ」との発言があったが(面
談記録、17頁)、これも総合商社への期待の高まりと解釈できる。
第2部で述べるが、統合ブームが一段落した欧州経済は今後2ー3年は全般的に調整局
面に入ると考えられ、経済も過去のような高い成長率は期待できなくなっている。これ
は企業収益、雇用に悪影響を及ぼす。それゆえに、関係者の種々の努力にもかかわらず
日本との通商摩擦は当面、一層先鋭化することはあっても、解決に向かうとは考えにく
い。ネガティブな意味で日本がイッシューとなり続ける。逆に上記のようにポジティブ
な観点からの日本への関心(期待)も同時に高まるわけであり、此辺をうまく調整して
全体関係をマネージして行くという姿勢が望まれる。
(注)今後の欧州の対日政策を占ううえで、フランス政府の経済社会評議会が取り纒め
た「フランスおよび欧州の対日政策について」という報告書(仏語)が非常に参考にな
る。詳しくはフランス経済の部分で述べる。
経団連は1992年の対欧州関係での活動方針として「共生」というテーマを掲げてい
る。「各論」の提携関係を超える「総論」での関係作りと言ってもよいかも知れない。
(すべての通商摩擦は、「各論」で議論することでの問題と言える。当該産業で被害を
訴える声が高い場合でも、同じ国の中に探せば受益者層がいるのでマクロの総論で見て
みるといい形になっている場合が大部分である。)商社としても個別取引という「各論」
を超えて、「総論」で対客先アプローチが出来る体制が望まれているのではないだろう
か。
(企業、団体の中に日本担当の責任者を設置しているところが多いが、彼らは日本の政
治・経済・産業・文化につき驚くほどよく勉強しているし、知りたがっている。日本の
「系列」問題につき強い関心を示す人もいた。ジャポノロジーへのニーズの高まりと言
おうか、「日本学」は売れるとの印象をもった。すなわち、日本のカレント・イッシュー
をネタにすれば相当の人でも興味を示す、会ってくれるとの印象をもった。)
2.総合商社の対応について(上記の三つの印象に関連し)
この三つの印象をベースに、考えられる総合商社としての対応策について整理してみた
い。
最初の「ヨーロッパは一つ」との印象については、簡単であり、欧州の将来を基本的に
楽観的に捉え、積極的なビジネス展開を期すために欧州戦略を一元化して行くと言うこ
とである。既にその方向で当社での検討が開始されており、これは確実に正しい方向で
あるといえる。
二番目の「その中での複雑な多様性の存在」であるが、欧州戦略の一元化といっても、
この多様性を十分に認識したうえでの一元化が望まれるということであり、そのために
は欧州レベルでの経済/産業/社会動向の調査・分析機能の拡充が期待されるというこ
とだと思う。
最後の「日本および日本商社への期待の高まり」という点については総合商社のリエゾ
ン機能および提供機能の高度化が大切ということになる。
(欧州の経済・産業調査体制について)
二番目の点について具体的に言えば、まず経済・産業調査の為に調査スタッフを欧州に
常駐させ専門的・継続的に欧州ウォチングならびに調査業務での日本との連携プレーを
始めることが望まれる。次の段階として、この調査機能を拡充するべく、経済・産業に
関する契約研究・調査業、データーベース業、市場調査業、経営コンサルタント業(会
計事務所も含む)などの対事業所サービス業分野での既存の業者との関係強化、さらに
可能であればM&Aを通じて、そこに蓄積されている膨大なデーター、ノウハウ、人材
を当社に取り込み、当社の総合商社機能の「深化」を目指すことも検討する余地がある
と思われる。
欧州が「欧州連合」へと深化して行くなか、欧州の経済、産業もその構造を変えつつあ
り、その中で日本の総合商社の欧州ビジネスでの介入余地は日々に狭まりつつあると言
われているが本当にそうであろうか。今回いろんな人との話しの中で、総合商社の本来
の機能そのものであるとも言える情報分析・提供機能、特に商社の「海外」と「日本」
のリエゾンの役割に対するニーズは欧州では依然として高く、逆に今後このニーズはむ
しろ高まっていくのではないかとの印象を持った。実際のビジネスにおいて総合商社の
介入余地が狭まってきていることは事実であろうが、それを総合商社機能そのものに対
する否定として捉えるのではなく、むしろ在来型ではない新しい総合商社機能への期待
が高まってきていると前向きに捉えることも可能ではないかと思う。商社機能の「高度
化」を狙っての投資が望まれるのではないか。
さらに通常の外延作戦における事業投資を考えても、欧州における最近のM&A状況の
分析によれば、大部分の企業買収が友好的に、部分的な買収形態を前提に、シナージー
効果(本業への具体的な波及効果)を狙いながら取り進められているとのことである(
シュローダー)。ということは欧州において新規分野への事業展開を図る場合でも、既
存の顧客との良好な取引関係を前提に、その取引先と共同で事業展開を図るという形が
引き続き主流であり続けると思われる。釈迦に説法であることを承知で言えば、当社の
取引先との関係強化、深耕が事業投資戦略の基本であると思う。
ただ、企業規模がお互いに巨大化している昨今、商売上の関係は、ややもすると、客先
の特定部門と当社の特定部門とだけの友好関係となってしまう可能性がある。(例えば
先方の購買部門と当社の売り込み部隊の付き合いにとどまる可能性など。勿論トップ同
士の関係緊密化があるがトップもスーパーマンではない)。コーポレート・レベルでの
関係強化、深耕を目指すには、通常の商売上のコンタクトにとどまらない幅広いレベル
での友好関係の構築が望ましいことは言うまでもなく、上記で述べた当社の調査・分析・
情報サービス機能の強化は、当社の取引先でのカウンターパートである調査部門、企画
部門との関係強化・交流拡大にも結びつくことで、これは結果的に欧州企業との戦略的
提携、合弁事業展開という観点からも、なにがしかの貢献につながると考えられるので
ある。
(この意味で、今回、業界団体、銀行ばかりではなく、FIAT、IRI、ICIなど
の大きな取引先企業内の経済調査部門とのコンタクトが出来たが、こういう関係を広げ
て行くことが重要と考える。)
(補足:商社機能の高度化について)
上記の商社機能の高度化に関連し、若干の補足を試みたい。総合商社の機能は、時代と
共に、また業界毎に様々に異なっている。産業資本の発達が充分でなかった時代には総
合商社の金融機能が重視された。国際的な情報伝達が未熟であった時代には商社マンが
もってくるテレックス情報が評価された。在庫機能がうたわれたときもある。同じ時代
をとってみても、商品・業界毎に総合商社の提供する機能は決して同じものではない。
しかし本質的に変わらない機能があるように思われる。その総合商社の本質的な機能と
は、いわゆる長期的継続取引関係に関連したものであるように思われる。総合商社は「
長期的継続取引を、セットアップすること、及び出来上がった継続取引関係のメインテ
ナンスをすることで、仕入れ先と販売先双方に経済的メリットを提供し、その対価とし
て口銭を貰う」と考えることも可能である。そう考えれば総合商社の機能とは、基本的
には「商権」と呼ばれる「安定的、継続取引」の「アレンジ」と「メインテナンス」に
有り、その目的のために(業界、状況に応じて)いろいろな形態での個別機能を提供し
ていると考えうる。
一つの仮説であるが、これは営業担当者の実感にかなり近いのではなかろうかと思って
いる。それが総合商社の企業間、業種間の接着剤機能であり、それを「リエゾン機能」
と呼んでもよい。その仮説に立てば、なぜ総合商社が「系列」と密接な関係にあり、ま
た総合商社という企業形態が日本に独特のものであるのかについても説明することが出
来る(Ref : N. Hashimoto, Structure of Japanese Business - Japanese Business G
rouping and General Trading Companies - Oct 1, '91)。そうすると総合商社の戦略、
総合商社機能の高度化という点についても、あくまでも「取引関係の構築」を最終目的
としたものであることが大切であることがわかる。投資においてもシナージー効果が重
視される所以である。
このように考えて行くと、総合商社には商取引の当事者という性格よりは、アドバイザー
またはコンサルタントというべき性格がむしろ濃厚であるように思える(勿論例外はあ
る)。総合商社は将来的にある種の経営コンサルタント的な性格を強めて行くし、また
強めて行かなければならないという小職の持論につながってくる。欧州に関する上記の
提言も、大局的にみて、この商社機能の変遷の方向に添ったものであると判断する次第
である。
3.欧州の「中心」に関する所見
欧州は一つとの認識にたった企業戦略を進めるうえで、その戦略拠点は何処におくべき
かという点について所見を述べたい。
当社の場合、過去からずっとロンドンが当社の欧州戦略の拠点となってきた。それに対
して、欧州の政治的、文化的、経済的センターは大陸部分に移っており、島国イギリス
は歴史的に見ても非常に「異質」な存在である、ロンドンから欧州を見ていては、大勢
を見誤るとの意見が根強く存在する。現実にEC委員会など国際機関はもとより、大陸
に欧州本社を設置する日本企業も増えている。ロンドンが圧倒的に強い金融センターの
機能にしても徐々に大陸に移りつつあるようである。
このあたりをどう見るべきか、今回の出張で、各国で、いろんな企業の、多数の人に、
その見解を聴いてみた。その結果、次のような整理を付けることが出来たように思う。
(なお、この整理はあくまでも実務・活動を行なう場所として考えたもので、税制面な
どの制度面から何処に会社を登記するのが有利かという点は考慮していない。)
まず、「中心」と言っても、どのような意味においての「中心」かという問題がある。
これ次第で話が変わってくるので、センターの性格を列挙してみる。即ち:1)政治の
中心地、2)行政の中心地、3)産業の中心地、4)金融の中心地、5)情報が集まる
中心地、6)文化の中心地、8)人的資源の中心地、等などが考えられる。次に、現実
にそれぞれの機能毎に欧州内部のどの場所がセンターであるのかを考えてみる。
1)まず、政治・行政の中心地:これは文句なくEC委員会がある「ブラッセル」であ
ろう。欧州企業もブラッセル重視の戦略を立てるところが増えている(ドイツ機械輸出
連盟など)。法律事務所も大挙してロンドンからブラッセルに移ってきている(住銀ブ
ラッセルの話し)。
2)次に、政治は政治でもポリティックスという観点で考えてみると、これは理屈では
ブラッセルかも知れないが、現実には「各国政府」であるように思える。欧州はどのよ
うな力関係にあるかを素直に考えれば、ポリティックスの中心はやはり、英国と、フラ
ンスとドイツの三箇国であろう。さすれば「ロンドン」、「パリ」、「ボン」(ベルリ
ン)と言うことになる。
3)産業の中心地ということになると、各国にそれぞれ産業は存在するが、一番有力な
産業センターは「デュセルドルフ」などのドイツの都市であろう(若干分散している嫌
いはあるが)。
4)金融の中心地となると、フランクフルトへ金融機能が徐々に移りつつあるとか、先
物取引はすでにパリの取引額がロンドンを上回ったことなどが言われるが、当分は、ま
た見通し可能な範囲では将来的にも「ロンドン」が中心であることには、ほとんどの人
は異論がない。
5)情報が集まる中心地となると、特に銀行関係者が口をそろえていっていることであ
るが、情報が発生する場所ではなく、情報が集まってくる場所として考えると「ロンド
ン」の地位が高いようだ。特に分析され、整理された情報と言うことになると、やはり
ジ・エコノミスト、チャタムハウス、フィナンシャル・タイムズなどの情報分析機能が
集中しているロンドンということになる。これはシティーという巨大な情報をお金で買
うバイヤーの存在が大きい。バイヤーがいるところに商品(この場合情報)が集まって
くる訳である。しかも、日本企業の場合、そのまま東京に発信できる英語の形で情報が
存在することが大きい(フランスにも結構、データー・文献情報が存在するが、言葉の
問題があり、そのまま東京に送れない)。もっともロンドンの情報はすでに整理されて
いることから、生の情報ということになるとやや問題があるとの意見もある。
6)文化・人的資源:何処が文化の中心かとなると、これは価値観の問題でもあり、決
着はつきそうにない。そこで文化をつくるのは人間であることから、人口が多い都市は
文化も高いと大胆に仮定すると(人間が集まってくるというのは、それだけその都市に
求心力があるということであり、人口は意味のある指標である)、そうすると「ロンド
ン」と「パリ」になる。
以上の得点を単純に合計する。ドイツは全部一つとして勘定しても、やはりロンドンの
得点数が高いことがわかる。(ロンドン:4点、パリ:2点、ドイツ:2点、ブラッセ
ル:1点)
しかし、現実には、このような単純な、足し算ではなく、どの機能にどれだけの加重を
付けるかとの判断(どの機能を重視するかとの判断)が重要になってくることは言うま
でもない。産業が何処に集中しているかという点には(総合商社は産業で成り立ってい
る以上)、もっとウェイトを付ける必要が出てこよう。現時点の評価より、将来の方向
といった点にも考慮する必要がある。
また、機能毎にセンターが異なる以上、平均点でどこが「欧州の中心」であるかといっ
た問題は、結局は回答が出ない問題であり、「欧州とは複数のセンターが存在する地域
である」と考えるべきであるのかも知れない。
その意味で参考になる意見であるが、著名な未来学者アルビン・トフラー氏のコメント
がある。同氏は、ECの中央集権的官僚組織を批判して、「これは”煙突時代”の旧式
な発想であり、本来ならば中央集権的な官僚組織などではなくネットワーク型の組織を
つくるべきである」と述べている(日経新聞、1/20/92)。たしかに一つの「セ
ンター」をきめてそこから何から何まで「指令」を発するという発想は時代遅れとなり
つつあるのかも知れない。企業の経営に当たっても、複雑な個別の事情を勘案しながら、
フロントの主体性を発揮して行くためにも、柔軟な「ネットワーク型」の組織運営を前
提にした「本社」の在り方が望ましいとも考えられる。ネットワーク型組織と言えば、
その部は中枢部は「神経組織」である。神経組織と言えば、「情報」である。
ネットワーク型企業経営における本社機能は、「情報」および「コーディネーション」
を媒介とした本社運営であり、その所在地に重要視される機能はやはりふんだんに存在
する「情報」であろう。情報が集まるのは何と言ってもロンドンであることは先に述べ
た。現状では、統括会社の本社の所在地はやはり現在の「ロンドン」が望ましいという
ことになる。ロンドン情報のバイアス性の問題であるが、基本的にすべての情報にはバ
イアス性の問題があるわけで、これは足でカバーする以外ない。
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